猫のまたぐらよりも暑い夏の日、マフィアのボス、チェレンコフは、武装警官隊に襲撃され、殺された。独り残されたペットのヒョウアザラシのヒョーは、空腹に耐えかね、
アザラシ専用 ゴルフカートに乗り、荒廃した外の世界へ飛び出す―。ヒョーのつぶらな瞳に映る、汚染された土地、プラスチックの雨、そして奇妙な人々・・・・・・・。唯一無二の読後感、ユーモアと悲哀に満ち溢れた、不条理で美しい、旅の物語。

◇ストーリー
悪名高い、<サハリン・マフィア>のシベリアーリョ・へヘヘノヴィチ・チェレンコフは、邸宅<生命線プラザ>でファミリーとペットのアザラシ、ヒョーと悠々自適な生活を送っていた。
自身の誕生日パーティーだったヒョーは幸せいっぱいであったが、警官隊が押し入り、マフィアたちは目の前で血祭りにあげられ、一掃されたのだった。
ある人物いわく「箱入り娘のオス」のヒョーは、はじめて邸宅の外に出て、その世界の様子を自分の目で見て、知るのであった。
外にいたら一週間ももたないといわれる放射線量が降り注ぎ、ひとけはない。すれ違う、殺虫剤と消毒液の噴霧車。
シーフードショップで食事をしたヒョーは無銭飲食の代償として、住み込みでオウムガイや三葉虫、カブトガニを調理前にたたき殺す仕事を任されてしまう。
気の進まないなか、ヒョーは次第に慣れてくる
オウムガイは、「殴らないでくれ……」とつぶやくようになる。
ヒョーとオウムガイの問答。
食べていかなきゃならないから。殴ると食べて行けるのか。そうだ。食べるのか。いや、おまえを殺した報酬にべつのオウムガイを食べるのだ。わけがわからないな。
ヒョーが手を休めると、<ラーゲル店長>に「切り刻まれて食料にされたいか」と容赦なく殴られ蹴られる。
ヒョーは現代の食物連鎖の不条理さに気付き、苦悶する。
しかし、このあとレストランで出会ったプロデューサー<座座座テレパス>にスカウトされ、下働きを脱し、次はアザラシの歌手を目指すことになるのだった。
◇感想
一條次郎氏の著作は大好物で、以前ミステリーとして伊坂幸太郎氏が絶賛していた『レプリカたちの夜』を読み、短編集『動物たちのまーまー』を読み、次は『ざんねんなスパイ』を読もうと思っていたところ、新作が店頭に並んでいたため本作を読んだ。
私は少し前にカーソンの『沈黙の春』を読んだところだった。
本作『チェレンコフー』の<座座座テレパス>のセリフである「地球を換金」し尽くして行きつく先は、こんな荒廃した世界なのではないか。
「資本家だけで火星に移住でもするつもり」かとなってくると、いよいよ富野監督による宇宙世紀の世界観になってくるのであるが、そう思い至っても仕方がない。
いってみれば本作は現代社会問題と資本家像のカリカチュアなのであるが、読んでいる感覚は全然、重くないですよ。
スイング音楽を聴いているかのようなビート感。これは一條氏の手腕であり、味。
大衆音楽の時代である、というセリフはおおいに頷ける部分であった。
ポップ主義、SNSやサブスクでお金を落とさせる音楽を、作るぞ!とヒョーを巻き込むプロデューサーの意気込みは、痛快ささえあった。
終始、無邪気なヒョーのリアクションや発想は可愛かったし、その対比としてヒョーをはじめとする登場人物たちが諦観をもって吐く言葉には、妙なリアリティがあった。
直接手を下さないで直接見えない人たちに執行と責任を押し付け、罪とは無縁と思いこんで、流行りのSNSで遠くから石を投げる人間のほうがよほど、残虐性を秘めているのではなかろうか。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました!(^^♪