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ローカル左翼の結束と新しい政党像 2026年2月9日note掲載

 社さ新党であった民主党の機関誌的な役割を果たした「CLUBーD」では、現在ではj・union株式会社で顧問を務める鈴木勝利電機労連委員長(当時)も寄稿していました。当時連合は総体で減税を求めていましたが、民主党側はこれは赤字国債を増やすだけで、未来に禍根を残すという解答があり、組合内も財源を考える事なく単純に己の利益ばかりが第一になってしまった。民主党を応援する人達の考えと労組の考えが徐々に一緒になっていけば良いというもので、かつての政治運動と訣別しなくてはという言葉が残っています。紙媒体に残しておくべきです。90年代の後半まで労組や連合の方が減税を求めており、与党経験を経た社さ新党の方が赤字国債について真剣に考えていたのですよ。そういう意味においては、霞ヶ関埋蔵金が埋まっているという2000年代民主党と現在の赤字国債どころか破綻もやぶさかではない2020年代民主党は、どれだけの成長したのか?と言われるとむしろ退行していった感もあります。こちらが諌められる立場だったのに、いつのまにか政党の方が集団発狂のような状態になってしまいました。まず地方選、小さな町から都市圏へコツコツと党公認候補者を増やす。都道府県議会に注力し、県政のほぼ一党体制を打破する。国政の候補者に安易に地方議員を当てにするような事をしない。人材を見つけるのは一苦労ですが、地域に根づくようになれば自ずと自ら声を上げるような誰もが認めるチャレンジャーが出てきます。そういう事を全て蹴飛ばして、この公約に賛同しないままなら公認しないという露骨な排除の倫理を振り翳しながら、中道主義は包摂が大事です。だからこそ残しましょうというのは、あまりに人をコケにした話です。自民党自身、かつての組織票が当てにならずバブルのような公約を撒き散らしている中で、有権者は自分自身の事をおそらく株主かお客様か思い込んでいる節があります。国民民主党の支持者と見られるSNSには「これっぽっちの減税では次は票は入れない。自分達は株主だ」と実際に仰っていたので、もうそういう政治に現在なっています。だから未来をバーゲンのように売り歩く候補者しかいなくなりました。それは有権者との議論を疎かにし、さらに有権者も自ら議論に参加し、自ら学んでいくという民主主義の基本中の基本をせず、怠惰に与えられる減税額に目を輝かせていただけの幼子にすぎなかったからです。日本人は12歳の少年だとマッカーサーが言ったとされますが、それから80年後を経て、幼児に退化したのだから再びコツコツ成長しないといけないです。最も世界中で幼子の政権や政党が誕生し、猛威を振るっているのも確かです。
 金融トレーダーから再分配論者になったゲイリー・スティーブンソンは皮肉を込めて発信しました。「広場で1番声がデカく人を集めているのが極右で、2番目は富裕層に課税を!というやつらだ。そりゃ富豪は極右を支持するのは当たり前だ。それがアイツらの節税対策だ」というものです。資金源まで確保しようとしている勢力に対抗するには、当然大衆運動しかないのです。大衆運動が苦手な政治家と過剰サービスを求める有権者を再び民主主義に参加させるには、当然皆が街頭に出て活動するしかないです。労働組合もそういう大衆組織に変わらないと、あっという間に組合なき資本主義に逆戻りです。

組織構造の転換を!
 民主党とは日本社会党以上に歪な組織形態をとっていた政党でした。仮にも政権与党だったのが、本当に不思議なぐらいです。アメリカ民主党にせよ、イギリス労働党にせよ地方に根づく組織があり、比較的歴史が浅い韓国の共に民主党ですら、シンクタンクが存在し地方指導部はできるだけ国会議員の意見を排する形で党勢拡大を目指すという近代化は行われていますが、日本の民主党はその点疎かでした。民主党支部の実態は、国会議員候補の後援会組織に過ぎず、当然党員は誰1人もいないし支部長が変われば人も入れ替わります。選挙になれば党員がいない政党を労組にせよ、市民団体も応援せねばならない。それが政党として真っ当な組織かどうかは個人の判断に任せます。代議士候補は当然地方組織にも支持者名簿の公開を躊躇い、支援する側も誰が支持者なのか全く分からない状況であり、よくこの構造で野党の第1党に存在できるか理解不能な事もありました。だからこそ党首の個人人気や新党ブームが忘れられず中身は何も変わっていないのに表紙だけを変えるような事を繰り返す風頼みの選挙しかできなかったです。それでもかつての旧党派の資源、労組だったり市民団体だったり、他党の党員だったりがあったからこそ、選挙は成立しました。その資源が誤魔化しようがないぐらいすり減ってしまっているのが現状です。90年衆院選で労組は動員力を見せつけ、一時の社会党大勝に貢献しましたが、民主党政権誕生時には「当時に比べると労組の動員は3割ほど」と言われてものです。2012年は防衛戦であり、前回の総選挙より多くの人が投入されましたが現在はその頃よりも半減しています。かつての貯金を食い潰し、それでも一発逆転を狙って博打に出る組織体質では2026年に終焉を迎えたという事です。何とかかつてとまでは、行かなくても日本にも組織力がある進歩政党の再建を、と思ってやってきましたが少なくとも民主党では無理であり、新しい運動体が必要です。自民党に対抗するためにジェネリック自民党のような政党では、今後起こる極右の伸長には対応できないです。強固な地方組織があるイギリス労働党アメリカ民主党だって苦労しているんだから旧民主党ではもっと無理です。
 また非常に大きな問題点ですが、政策が作る事ができる議員もスタッフもほとんどいないというのも実態です。2003年のマニュフェストには枝野幸男が中心でしたが、党外コンサルタント組織に依存し、イメージ戦略中心に練られていました。この点は枝野の欠点で、政策自体は他人に任せてしまう事が多々あります。もっとも枝野だけではなく、日本新党出身者で民主党の幹部になった人は皆そうですが。2005年は官僚の古川元久、日銀の大塚耕平松下政経塾福山哲郎が中心に「官僚体制の打破」というイメージで作られたものです。これも当時小泉純一郎政権が郵政民営化を争点にしたので、そもそも盛り込まれていなかった郵政政策を急遽挟みこみ、急造で戦おうとしました。結果は皆さん記憶の通り。2009年は政策決定の人員を大幅に増やしましたが、最終決定する実務者は2003年と変わらず党幹部がいきなり組織的な議論も経ずに民主党政権では、これを実行するという事を言い出せば、マニュフェストも変更されるという状態で詳細な決定は政権を獲得してからという非常に将来が心配になるものでした。これは何か似ていますね。高市早苗現政権は非常に民主党政権と似たものを感じるのです。詳細は明らかにしないが、何かやるだろうという勿体ぶる戦略で政権を維持しようとしているのだから今後私達は今年もう一回総選挙を行う覚悟ではないとダメです。自民党は官僚組織がシンクタンクの代わりで、それこそが良い意味でも悪い意味でも中核となる政策は一貫していましたが今や一部の官邸官僚と一部のコネあり学者が跋扈する危険な政府となりました。現状を打破するためには、平気で根っこを引き抜く人達です。総選挙という闘争は撤退戦で多くの余力を残す事。今後の闘争に備えて、発想の転換は必要です。
 2012年ではもはや、大変な選挙になる事が予想され野田佳彦指導部の考えは「中道」という言葉を掲げました。現在の話ではないですよ。当時は民主中道とか何とか急に押しつけられたものです。当然現場は混乱するでしょう。もはやそういう問題ではなく、あのときに消費税について目指す社会像を議論していたら民主党政権の未来はもう少し違っていたはずです。過去のことなので、そこばかり振り返る事はできないですが。そこから時間が立ち、全く進歩どころか退化したのだからもうやるべき事は連合政治運動の結末として、政治改革に熱中したあの頃の清算しかないです。

市民主体の政治勢力として生まれ変わろう!
 もはや二大政党制というものは諦めるというか無理でしょう。民主党はとにかく地方組織が空洞な政党でした。日本社会党も党員が少ないのに国会議員が多いという「幽霊政党」という状態でしたが、民主党の場合は「幻影政党」でした。実態はどこにもないのに、イメージ戦略ばかりが先行する幻の政党です。その点は立憲民主党も国民民主党も同様です。口では地方議員を増やすと言いながら、一期も勤めないうちに国政へ転出させるという焼畑農業のような選対では、地方に根づく事は不可能です。次に繋げるための擁立なら分からなくもないですが、それも乏しいなら本当に資源の無駄遣いです。自分の実力以上のものになろうとすれば、当然幸運が必要ですが、残念ながら労組も市民団体も厳しい判断に迫られます。
 かつて社さ新党前に一部の社会党、さきがけ地方議員を中心にJネット構想という全ての都道府県にローカルパーティを設置し、その代表者として国会議員を擁立する仕組みを創っていくものがありましたが、そこにヒントはあると思います。まず地域を持って何が課題か話し合う装置が必要です。それを踏まえてみれば政治的な課題は見えてくるでしょう。何をするのか、何ができるのか?一人一人考える作業が必要です。その中でローカルパーティという選択肢は全然あり得ると思います。残念ながら、Jネット構想は結局何を目標としているのか社会像を定める事を失敗し、一つの旗に集うという事はできませんでしたが、逆に言えば現在はSNSがあるので比較的地域単位で課題を共有しやすいです。そしてやはり人と人を繋ぐのは対面活動も重視されるのです。ローカルパーティなら、それが可能です。
 本来社さ新党の党名は「市民党」も一つの選択肢でしたが、鳩山兄弟が関わるようになれば民主党という党名に舵を切りました。元々Jネット構想に集まったローカルパーティは組織も人員もほとんどなく民主党が結成されると飲み込まれました。ここに議員党の悪い部分、国会議員が適当に言った事が地方組織に影響を及ぼし少ない味方をさらに減らすという事をやっています。全国的に党員を集める理論も作戦もないなら、いっそのこと国政政党はあくまで地域政党の集合体という構造に変えても私は問題ないと思います。国政選挙の際は無所属と名乗れば、非常に多くの団体から支援を受けやすいです。政党助成金頼みの党財政を改革するなら地域住民の熱意に賭けてみましょうと私は思います。現在存在する立憲民主党地方組織の地域政党化は、やってみる価値はあると思います。どこかで議員党に逆戻りかもしれませんが今後はもっとAIで歪んだ広報が蔓延するので地域に根を張る骨太な進歩派勢力は必要です。そして絶対にシンクタンクのような政策を自前で作る事ができる力をつける事も必要です。政策決定のガバナンスがほとんどない状態の方が不健全なのです。

虚像なき市民政治を!
 小異を捨てて大同につくという事はよく言われますが、小さな違いを殊更強調するのも良くない事ですが、異なっている部分を曖昧にせず百家争鳴で議論しあって結論を出すのだから、組織が成り立つのであってそうした忍耐や熱意を欠けたまま選挙戦になれば昨日まで言ってもいなかった事を急に押しつけるような組織ではこの先全く通用しません。だからこそ大同がいつまで経っても火種が残るのですよ。違う部分はちゃんと一つ一つクリアにすべきであり、まともに地方、地域に根づく事を恐れる現在の民主党では何百年あっても政権奪回なんて夢のまた夢です。結論を出すまでとことんやり合うのが本来なら言論の自由ですが、そういうものを嫌がってばかりですね。政治家や学者など言論稼業をする人ほど。
 ポジティブに捉えるなら、私達は90年代に始まった一連の政治改革というものにようやく区切りをつける事ができるかもしれないです。元々、自民党から小選挙区制が議論されていた時、二大政党制という括りだけが拠り所であり各々の目指す先は全然バラバラでした。結局社会民主主義者も二大政党という中で己の信念を曲げて、新進党民主党に入らずを得ず、政権が獲得でき得る社会主義政党がついぞできませんでした。元々連合というより山岸章も最初は社民連携でしたが、テーマが変わっていき40年近くの時間が経ちました。幻想の政党を応援し続ける苦渋よりも現実に根差したローカルな課題をクリアしつつ、それが国政が壁になるのなら国会で議論をし合うというローカルにナショナルに、インターナショナルに様々な視点で目を向ける必要があります。
 これは私の総括ですが、20代で労組の専従になり、40代で未だ政治運動に関わった人間からの反省ですが中央政治は伏魔殿でした。田舎者がいくら訴えても、結局中央の倫理のまま民主党民進党になり、立憲民主党や国民民主党になり散々、自分達も踏ん張ってきましたがもはや偽りの2大政党に拘るのは限界です。与党でも野党でもなく私達の意見を代弁する政治勢力であり、それが政権を奪還する事になれば何も今までの民主党の形に拘らなくてもいいのに、政党運動に拘りすぎて結局全て失いかけています。今まで私達に乗せられて候補者になってくれた人達にどう謝罪すればいいか、言葉もないです。申し訳ありません。せめて考える事ができるなら民主党の再建よりも、新しい社会民主主義、進歩派の政治勢力結集に向けてお手伝いできれば奮闘したいと思います。自民党が弱体化している段階で、みすみす中道改革連合というものを許して妥協してしまった点は今まで民主党系として支援してきた労組や団体にあります。だからこそ私は、民主党に変わる進歩派の更なる発展を目指して再び極右と右翼の革命政権に対峙する市民の最後尾に立ち、悪政によって追い詰められる人の最前線に立つために現在の連合政治運動の発展的解消を是非やり遂げたいです。真の意味で労働者を代表する意見が無く、お客様気質の有権者ばかり形成された現状において連合の責任は当然あり、だからこそ連合政治運動はここでお開きにするわけにはいかないです。労働組合も巻き込んだ市民勢力、それにはかつて自民党を支持した団体も入ると思っています。私達は医師会や農業者団体としっかり連携をして新しい政治運動が起こす事ができなければ、それは労組なき資本主義が待っていると危機感を持っています。だからこそ政党色を薄めた市民連合の形が必要です。ほとんど地域に政治運動の形がない日本において、なかなか難しいですが必ずやり遂げないといけません。間違いなく極右の革命勢力は、かつてのマルクス・レーニン主義と同じくらい脅威になります。民主戦線として、左翼勢力の中核としてかつて保守派の団体ともお互い議論をして、小異を認め合いながら、大同に向かうという作業は必要です。新しい民主戦線の形はいつでも募集中です。その前に私達自身、清算に向けてやる事は山ほどあります。




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