社さ新党であった民主党の機関誌的な役割を果たした「CLUBーD」では、現在ではj・union株式会社で顧問を務める鈴木勝利電機労連委員長(当時)も寄稿していました。当時連合は総体で減税を求めていましたが、民主党側はこれは赤字国債を増やすだけで、未来に禍根を残すという解答があり、組合内も財源を考える事なく単純に己の利益ばかりが第一になってしまった。民主党を応援する人達の考えと労組の考えが徐々に一緒になっていけば良いというもので、かつての政治運動と訣別しなくてはという言葉が残っています。紙媒体に残しておくべきです。90年代の後半まで労組や連合の方が減税を求めており、与党経験を経た社さ新党の方が赤字国債について真剣に考えていたのですよ。そういう意味においては、霞ヶ関に埋蔵金が埋まっているという2000年代民主党と現在の赤字国債どころか破綻もやぶさかではない2020年代の民主党は、どれだけの成長したのか?と言われるとむしろ退行していった感もあります。こちらが諌められる立場だったのに、いつのまにか政党の方が集団発狂のような状態になってしまいました。まず地方選、小さな町から都市圏へコツコツと党公認候補者を増やす。都道府県議会に注力し、県政のほぼ一党体制を打破する。国政の候補者に安易に地方議員を当てにするような事をしない。人材を見つけるのは一苦労ですが、地域に根づくようになれば自ずと自ら声を上げるような誰もが認めるチャレンジャーが出てきます。そういう事を全て蹴飛ばして、この公約に賛同しないままなら公認しないという露骨な排除の倫理を振り翳しながら、中道主義は包摂が大事です。だからこそ残しましょうというのは、あまりに人をコケにした話です。自民党自身、かつての組織票が当てにならずバブルのような公約を撒き散らしている中で、有権者は自分自身の事をおそらく株主かお客様か思い込んでいる節があります。国民民主党の支持者と見られるSNSには「これっぽっちの減税では次は票は入れない。自分達は株主だ」と実際に仰っていたので、もうそういう政治に現在なっています。だから未来をバーゲンのように売り歩く候補者しかいなくなりました。それは有権者との議論を疎かにし、さらに有権者も自ら議論に参加し、自ら学んでいくという民主主義の基本中の基本をせず、怠惰に与えられる減税額に目を輝かせていただけの幼子にすぎなかったからです。日本人は12歳の少年だとマッカーサーが言ったとされますが、それから80年後を経て、幼児に退化したのだから再びコツコツ成長しないといけないです。最も世界中で幼子の政権や政党が誕生し、猛威を振るっているのも確かです。
金融トレーダーから再分配論者になったゲイリー・スティーブンソンは皮肉を込めて発信しました。「広場で1番声がデカく人を集めているのが極右で、2番目は富裕層に課税を!というやつらだ。そりゃ富豪は極右を支持するのは当たり前だ。それがアイツらの節税対策だ」というものです。資金源まで確保しようとしている勢力に対抗するには、当然大衆運動しかないのです。大衆運動が苦手な政治家と過剰サービスを求める有権者を再び民主主義に参加させるには、当然皆が街頭に出て活動するしかないです。労働組合もそういう大衆組織に変わらないと、あっという間に組合なき資本主義に逆戻りです。(続)