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グローバル極右革命の手法に最大限警戒を!

 現在参政党の幹部は、連立政権の一角に参政党を入れていこうではないか!というような主張をして、高市早苗で期待された、産経新聞から言わせれば岩盤保守、他人から見れば流浪保守を奪おうとしています。自民党という政党は日本社会党であろうと、公明党であろうと丸呑みして連立を組んだ歴史がある中で、参政党をも手なづける事ができると考えていますが、幹部はそうできても党のコアとなる党員は一筋縄どころかかなり急進的な判断を迫ってくると思います。参政党の元幹部の1人が「知らない人は多いと思うけど、参政党が最初の選挙で躍進した時にターゲットにしたのは、れいわ支持者です。陰謀論者、自然農法、スピリチュアル、反ワク。それで議席が取れたんだよ。」と真偽は不明ですが、そうとしか思えない言葉を言っているので、彼らは左右というイデオロギーよりも、急進的な革命を目指している姿もあり、それがはからずも進歩派やリベラル票と言われる地盤も削りかねないという事は強く主張しておきます。

 

 私は強くエッジを立てるべきだと主張します。民主党の想定する穏健保守と言われる人々の票は、都市部のものばかりですが郡部では当然考えに多少の差があるので、この票は結局短期決戦でとにかく歩き回るしかないです。私は田中角栄小沢一郎とのイデオロギー的な考え方では、反対の部分が多く普段なら顧みないですがこと選挙運動に限って言えば、彼らの理論は有効であると思います。ネット広報も現在重要度が増したとは思いますが、ただ選挙戦というものはやはり有権者と接さないと何も判断ができないです。伝統的な労働組合の選挙は労組の人脈だけではなく、会社員としての人脈、地域住民としての人脈全てを活用して、数百、数千の票を固めていく作業をしていましたが私も労組運動員として総選挙は6回目。小選挙区制では、そこが厳しい面もあります。少なくとも労組と会社員としての人脈をフルパワーに使おうと思っても狭い選挙区では案外集まる票は少ないです。その点、地域住民に比較的根づいている日本共産党公明党の票はむしろ小選挙区制だからかなり重視された面もあります。いわゆる伝統的な中間団体の票は広く浅くという戦法なので、地域社会にどれだけ貢献できているかと言われるとまだ力不足です。労組はかつて地区労という枠組みで総評、同盟にも入っていない地域の独立労組の支援を受けてこれが日本社会党の地方組織を形成できていましたが、現在では地区労が全国的に解体されたため、同じ事をしようとしても糸口がないです。

 

 選挙運動や政治運動に携わるようになってから、よくも悪くも自民党員や自民党支持者を観察できるようになったのですが、彼らは千差万別です。市民運動を大切にする人もいて、むしろ労組の人間の方が考えさせられることも多いです。ただ自民党小選挙区という中央や執行部が独占的な権力を握る体制になった事でその色は急速に一色になりつつあります。溢れた票を極右革命に転用されないように進歩派は、あくまで革新という色は消さずにそうした人を巻き込んでいく運動が必要です。枝野幸男は彼自身、保守派ですがその必要性は十分に気づいている点もあります。引退後にもう少し評価される人ですね。できるだけ中央の権威を排した形で地域の独自運動を尊重しつつ、中央では最小公倍数で積み上げる事ができる政党組織。戦後ではおそらく初期の日本社会党が達成していましたが、すぐに派閥闘争ばかりが弊害になりました。最小公倍数ではなく、最大公約数の運営になりました。もはやそれでは通用しないです。

 

 海外も含めた極右の運動や手法は似ています。「なぜアメリカはトランプを選んだのか?」という疑問に思う人もいますが、それはイデオロギーは、ハッキリ言えば大間違いのものばかりですが彼らは最大公倍数の成果を求めて、とにかく階級の差を超越するような、封建体制からファシストボリシェヴィキナチスも実践した古典的な手法を踏襲しました。第一にスケープゴートの設定。江戸幕府で言えば将軍の権威を守るため、あらゆる人が悪者になりました。そもそも当時の将軍が後世に暴れん坊将軍として後世に名を残す人になる時代です。庶民派の代表ですが、そんな事はあり得ない話ですよ。現在は外国人労働者スケープゴートです。江戸時代は田沼意次など将軍の側近にヘイトが集まりましたが、現在は同じ階級に攻撃します。

 第二にエリートや既存政党の批判です。これは既存政党に生活者としての距離ができた隙間を極右革命に埋められました。草の根左翼運動はそこから巻き返すなら、根深い場所にもしっかり分け入る運動が必要です。私は漁村出身なので、漁村の悩みはいつも一つ。都会の人は漁師を勘違いしているとは思います。職人気質と言われた漁師の父と祖父ですが、新しい技術が好きで便利になる事自体は歓迎しています。地方の保守層と言われている人を都会の保守層やリベラル層は誤解しているのですよ。郡部の人はちゃんと説明すれば、変わる事も別に恐れていない。編集された部分しか見せられないのでテレビ、新聞、ネットも勘違いしているのです。特にネットメディアはキチンと草の根はって漁村、農村の声を拾い上げていないです。

 

 第三に言えば、スケープゴートの攻撃や既存政党の攻撃は非常に激しいのに名称は参政党だったり、フランスだったら国民連合だったり、ブラジルなら社会自由党でした。彼らは普通の政党名をつけたがるのです。国民社会主義ドイツ労働者党なんて名前はつけないのです。とにかくソフトに柔軟な党名で、イデオロギーは凶悪にです。だからこそ警戒すべきです。よく右翼は共産主義の犠牲者はというように、独裁国家を全て左派のせいにしますが、民族主義国家主義で亡くなられた人は封建体制よりもある意味多かったでしょう。国家論をどこで線引きをするのか、極右も右翼もリベラル派も、左派でも曖昧な部分はあります。その地域に住む人を巻き込むなら、その地域の歴史を足が棒になるまで学ばないといけない。そんな事は国政政党でも中央権威主義体制でも、できないです。逆に言えば民主党が地域の声を拾い上げるために地方組織の地域政党化を進めれば進めるほど新しい革新、新しい改革をしているのですよ。立憲民主党が途中で挫折した地域活動は非常に良かったです。中央の情勢がそれを許さなかったとは言え、続けていればもっと良いものになったでしょうね。いい意味で現在の連合というか労働組合批判、労働組合側の意見、そして最大公倍数を目指したものを腹を括って言い合えたのだから、ある意味論争です。私は立憲民主党という政党が「全ての人に居場所と出番を」と言ったときに、本当に心が動かされたのですよ。政権を取るために中道は必要かもしれないですが、エッジを立てない政党になにの意味があるのか。私が最左派とは思わないですが、何となく中央中央に寄せる執行部にはせめて公倍数を目指せとは何回か言っています。私のような木端組合員の意見は、主流派になり得なくても、せめて非主流派の一意見として聞いてほしい!敗残兵ですが、色々思うところはあるのです。国家は存続したとしても、私は国政政党はもっとアナキズムであるべきだと確信しています。私の確信は私のイデオロギーなのですよ。それぐらいは自由だと「革新、進歩派政党」では確信しています。

 

 

 

 

 

 

 




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