かつて日本社会党が票を減らすとその分を穴埋めするように非自民票を増やす民社党という政党がありましたが、今や覚えている人も少なく散逸した部分もありながら大原社研を中心にオーラルヒストリーや回顧録が出版されている日本社会党本に比べ、民社党ー同盟ブロックの事が書かれた著書は少なく 中央公論新社が出版し藤生明さんが書いた「反共と愛国-保守と共棲する民主社会主義」(昨年出版)は非常に珍しい一冊です。現在大体のどこの大産別の役員も総評時代や同盟時代を経験が僅かか全くない人の方が多く、かつての総評ブロック、同盟ブロックの別々の集まりもない事もないですが、ほとんど同窓会みたいなものです。
ただ政治運動では一応それなりに区別されていて、旧総評ブロックと旧同盟ブロックで機関誌やシンクタンクがあり、ほぼ同じようなことを主張していますが、違いもゼロではないですがこの事についてはまた後日にしたいと思います。基本的に民社党出身者で自分達の事を「保守派」だとは言いません。この本に出てきますが「自分は社会主義者なので保守とは呼ばれたくない」と日本会議の市民運動に参加する民社党出身者は私が知る限りもかなり多いです。そしてこの本に書かれているように、本来大がつくほどの公明党嫌いで特に春日一幸、塚本三郎ラインはそうでした。地域差によって組織の強度が全く違う民社党にとって新宗教という票田はそれなりに意味があり、そして多くの新宗教は創価学会を警戒していたからです。
またネタをバラす事は言いませんが、これは私も民社党ー同盟ブロックの人らと話す機会が他の人より多いですが、「反共」という言葉が有効なのはあくまで共産党の勢力が強いからそのアンチテーゼとなるのです。よくアンチは人気のバロメーターという言い方をしますが、人気がなくなればアンチも消え失い「反共」という言葉では有権者は見向きもしなくなるのです。これもまた教条主義と同じです。そしてこの本では55年体制だけではなく、90年代冷戦以降も残存し一定の勢力を持つ公明党ともはやあった事も覚えていない民社党に格差ができたのか比較しています。納得できるものの納得できないものともありますが、私が考えるに民社党と公明党の違いは、結局エッジを立てる際にイデオロギー論でしか語れなかった民社党と曲がりなりにも福祉国家論に向き合った公明党と築き上げた組織は段違いだったと思います。この本では連合や現在の労働組合にも耳が痛い事も掲載されています。これも何度か言っていますが、だからこそ企業別労組をこのまま続けるには無理が出てくると訴えてはいます。産業別ならできる事も企業別になれば難しくなる事も多々ありますから。
最後に民社党と国民民主党は似ていると言われますが、私もあくまで周辺の人間で民社党があった時代に何ら関わった事がないですが民社党なら仮にその時代に現代貨幣理論なんてあっても飛びつかないです。民社党の原点は福祉国家論と全国民中産階級論ですが、これも当然一定の増税を担保にした政策でしたが同盟系労組の反発があって、頓挫しました。よく言われますが、かつて総評も同盟も基本的に減税一本槍でそうした政治運動が混迷を招いた反省は一応皆しています。最大のスポンサーであった同盟系労組に福祉国家論や中産階級論を封じられたのでそれは当然同盟系が民社党のエッジを奪ったともいえます。民社党は現実主義を訴えた政党だったので、基本的に財政タカ派です。80年代に新自由主義化するのは、少なくとも党の一定数に強固な財政再建論者がいました。自民党政権より先に細川連立政権の方で厚生年金の支給開始年齢の引き上げが決まり、その時の厚生大臣が民社党の大内啓伍元委員長だから、ある種当然といえば当然です。
いち早く労戦統一を果たした場所もあれば私の職場のように、入組した時はまだ全て統一しておらず専従になってから、大変緊張の連続だった日は苦く感じる事もありますが、経験としては非常に良いものでした。労働運動にせよ、分断されている時代はいいことばかりではないですが自分の陣地を増やそうと必死になりこれがまさに組織の活力になります。ほんの10数年前まで選挙といえば、盆と正月がいっぺんにやってくるという言葉に相応しいほど忙しいものでしたが現在はどこへ行っても閑古鳥で、たまに大きな動員をかけてハコを埋めても候補者も代議士もSNSにアップする写真ばかりで、演説の上手さより動画の編集の良し悪しを気にするような人も増えました。そういう事も否定はしませんが、優等生のようなコメントしか出さず踏み込んだ演説も、熱さが伝わる運動もせず選挙運動といっても政治芸能人のマネージャーをやっているようです。
愛知では割と最近まで社会党ブロックと民社党ブロックが色濃くあり、当然出し抜いたり逆襲を受けたり、連合傘下とは言えあったのですが、いつのまにか他の地域の連合と同じように組織化に苦しむ時代になりました。愛知では皮肉にも希望の党があって逆に結束せねば今後勝てなくなるという危機感があったのですが、この一冊ではそういう時代もあったと思い出させてくれます。もっとも愛知ではかつてより大きな存在ではないですが、他県に比べるとまだ選挙になれば人が集まる方です。このままいけば10年後は現在の規模で選挙を行う事は難しくなるとは思いますが。