民主集中制について肯定的な意見、否定的な意見、革命政党には必要な概念ではないか?と容認的な意見様々あると思いますが、組織論として「民主集中制」というものはロシア革命以前とロシア革命以降では性格が相当変わり、そもそも世界の共産党の象徴的な存在であるボリシェヴィキですらレーニン政権時は一枚岩ではなく、いわゆる「分派の禁止」は脆弱なレーニン政権を正当性を保持するために、かつての方便が持ち出された宮廷政治の産物であると私は強く否定しておきます。
「民主集中制」の規定はロシアで唯一のマルクス主義政党のロシア社会民主労働党は創設まもなく帝政ロシアに結党禁止を言い渡され、党内内部でも急進的なボリシェヴィキと改良主義的なメンシェヴィキとの路線や人事をめぐる対立があり、あくまで非合法、地下活動を徹底するために規定されたものでした。それが1903年、その3年後に一応ボリシェヴィキとメンシェヴィキは組織を再統合しますが、当時はボリシェヴィキどころかメンシェヴィキも基本的に国外亡命かシベリア行きであり、ほとんど空中分解していた党組織を繋ぎ止める規定が民主集中制であり、これは組織防衛論と同じでした。ロシア革命以前は後に左翼反対派になるレフ・トロツキーもメンシェヴィキ活動家であり、その派閥やグループは複雑で固定できないものです。ロシア革命が成立し、ボリシェヴィキが合法活動が可能になれば民主集中制という言葉自体がそもそも死語になりつつありました。ロシア革命直前はスターリンも亡命組のレーニンとは違う、国内地下活動組で当時の路線は穏健派だったという時代もあります。この非合法時代の組織論を無理矢理、現代に当てはめたのが現在の日本共産党の組織論になりつつあります。合法活動が可能な時代には齟齬が出るのは当然と言えば当然です。
1921年ボリシェヴィキ党大会で、フラクション(分派)禁止規定を緊急動議という形で出され、レーニン指導部として、民主集中制を再び持ち出された経緯があります。当時、ロシア内戦どころか、十月革命において最大の同盟者だったクロンシュタット水兵の反乱やネップの導入による古参党員の反発などでレーニン政権自体安泰でもなかったというはあります。1917年から21年の間、ロシア社会革命党員やメンシェヴィキをボリシェヴィキ政権は逮捕していますが、粛清は行っていません。幹部は国外追放が行われましたが、党員はほとんど釈放されています。これはレーニンがスターリンより穏健派だったというわけではなく、すでに社会革命党やメンシェヴィキの党組織は解体されており、弾圧する理由もなかっただけではなくネップという完全に資本主義復活という政策にメンシェヴィキどころか帝政時代のブルジョワ階級にも復権してもらい、経済再建の糸口すら掴めなければ政権は崩壊するという危機がありました。そしてほぼ同時期にレーニン自体、脳梗塞で執務ができない状態でした。ただレーニン自体の考えは前衛党論による少数の共産主義エリートに導かれる党組織論でしたが、この時代はボリシェヴィキ党内で「党内民主主義」自体は様々な形で残存していました。当時レーニンは後継者としてトロツキーを想定していたものの、トロツキー自身の政局の下手さと自尊心の強さ、冷酷な政治判断が嫌われ敵が多く失脚した事例を考えれば当時のフラクション禁止は直ちに党除名ではなかったです。トロツキーの失脚は1925年ですが、除名は28年です。
「合法活動」時代の民主集中制はレーニンとしては非合法時代の短期的な規定による党の反対派を徹底的に炙り出す一歩を宮廷政治家として大いに活用したのはスターリンです。党は自分を党に相応しい人間に育ててくれたという言葉を残すほど、ボリシェヴィキ、共産党に適応したスターリンはネップという党の公式見解に則って、トロツキーや左翼反対派を党から追放した後、返す手でブハーリンなど公式見解派を民主集中制の名の下に失脚させるほど規定を使いこなした人間です。ボリシェヴィキは個人の人格は認められず、党の主流を常に勝ち取れば、党の権力で失脚も除名も思いのままであり、その後スターリンの悪行はついに政敵の命まで奪うことになったという歴史は誰もが知るところです。ソ連という国はソ連共産党が与党であり、国家機関と同一でした。野党である日本共産党はソ連共産党の熾烈な権力闘争に比べて牧歌的に見える事もありますが、議会制民主主義を肯定する政党で民主集中制を今なお規定するのなら、当時のボリシェヴィキと変わらない党内の権力闘争だけが巧みな人間が勝ち残っていく不健全な組織として見なされないです。日本共産党が本気で野党共闘路線を貫徹するなら、まずは非合法、地下活動の倫理でしかなかった民主集中制の撤廃は絶対です。このボリシェヴィキ独特の組織論はコミンテルンを通じて、オシップ・ピアトニツキーという人が体系化し各国共産党に輸出されました。ただコミンテルンから誕生した各国の共産党は一部だけのぞいて、ほとんどピアトニツキー組織論を撤回しています。良識ある党員は、民主集中制という前時代の遺物を守るために入党したわけではなく理不尽な社会を変えたいという信念で入党しているはずですが、それを利用し切っている宮廷政治家を私は大いに反対します。