以下の内容はhttps://laborkounion.hatenablog.jp/entry/2025/10/09/002506より取得しました。


ミライ民同精神 note掲載予定(時期未定)連合第19回定期大会記念

 社会党がダメになった原因は?と問われたらハッキリと「外国の党の代弁者になったからだ」と答えた人がいました。労戦統一以前のナショナルセンターの一つ新産別で主導的な役割を果たした三戸信人の言葉です。三戸は戦前は日本共産党に入党。戦後は産別民主化同盟運動の中心人物で、共産党系の産別会議を離脱して「新産別」を結成。組合員数は5万人ほどの小さなナショナルセンターでしたが、総評、同盟、中連の次に規模がありました。そのポジションは非共産党左派と言えるもので、労働運動において右派の松岡駒吉の「労資協調路線」には舌鋒鋭い批判を向けています。三戸は江田三郎社会党を離党する際に日本社会主義運動の先駆、一種のシンボルだった荒畑寒村に挨拶に行くようにと助言してました。晩年には「死なばわがむくろを包め戦いの塵に染みたる赤旗をもて」という凄まじい歌を遺した根っからの社会主義者です。離党する江田に対して、意外なものでした。「江田君、ぼくは社会党の中で君が一番好きだ。少なくとも君は日本の社会主義を新しくすることを考えている」という言葉でした。当時の江田は左派(と言っても江田も元々は左派社会党)から「右翼社民」「社会ファシスト」と言われ、その中でも重鎮の荒畑にかけられたのは激励でした。当時の荒畑は89歳。ただその姿勢はまだまだ戦前の闘士時代を思わせるものでした。
 江田三郎のエピソードにもう一つ印象的なものがあります。左派のプリンスから構造改革の旗手となり、社会主義協会佐々木更三らかつての同志から批判された江田でしたが社会主義者として貫いたものがあります。江田三郎は国会議員なので宮中や園遊会などの行事の順番が回ってきますが、あえてそれを断っていると神戸高等商業の同期に話した事があったそうです。当時大きな事を言う人も日本社会党には多かったのですが、宮中にて行事があると普段の威勢はどこにいったのやら、奥さん同伴で出かけるのですが江田は「戦死」(荒畑寒村がその死をこう表しました)後、一般のお寺で葬儀を済まし叙勲を断りました。当時江田の離党に大いに力を発揮した最左派、岩垂寿喜男は後に自社さ政権において環境庁長官を受勲し「俺はいらなかったけど、支持者がもらえと言うから」と言うエピソードがあります。この話は岩垂だけではなく、多くの人が叙勲はまだしも盛大なパーティまで開いたのだから、若干呆れはあるものです。「社会党がこんなザマではとても勲章なんてもらえない」と社会主義者として意地を見せた伊藤茂ぐらいで、いつのまにか勲章をもらう事も社会党議員のステータスでした。叙勲される事を悪くは言わないですが普段の言葉が現在の行動にあらわれると興醒めもしますね。「自分は市民と言う言葉は嫌い。国家国民のために働いている」と言った保守派の首相である宮沢喜一は実は叙勲を断った珍しいタイプの人でした。「政治家になったのは、地位、名誉、カネ、権力のためじゃない。純粋に日本のため、国家・国民のためだ」と言う話があったとか。宮沢は、宏池会と言う小さな政府論者ですがその自分の信条に対する筋は通していました。もっとも社会党左派の中には日本の叙勲は断っても、レーニン勲章をもらう人は相当いましたが。元社会党代議士の西宮弘から言えば「社会党は従来から貰わないことに決まっていた。現在は全くケジメがない。私は権力主義、事大主義は大嫌いだから、お断りしました。役人が人間の値打ちを十九階級に格づけして、褒めてつかわすなんていうのは失礼千万ですよ。第一、議員は一定の年限に達すると機械的にくれる。政治家に優先的にというのはけしからん。貰う社会党議員もおかしいですね」」と至極真っ当な批判がされています。社会党も末期になれば、叙勲をありがたく思うようになった。別に悪い事ではないですが、日頃言っている事とやっている事が違えば人間、不審に思うものです。
 さて私が今回の話の本筋は別に社会党左派の悪口ではありません。社会党左派と言うか私が実際に体験した民主党社会党組のあまりにブルジョワ気質ぶりはそれはいっぱいありますが、今回それが目的ではなく労働運動の話です。先日、日本労働組合総連合会の定期大会が行われました。元々連合と言うナショナルセンターは総同盟の復活というより産別民同の最終決着と当時の世代の人は良く言いました。私達の運動は外国の労働運動を参考にしますが、それは決してただの物真似ではなく外国の同志に負けない日本の労働運動を模索しています。特に三戸信人ら新産別労働運動は小さな団体でしたが、その伏流は現在の日本の労働運動に流れています。さて産別民同とは一体何を目指したものだったのか?やはりキーポイントとなるのは三戸信人でしょう。(続)




以上の内容はhttps://laborkounion.hatenablog.jp/entry/2025/10/09/002506より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14