ナショナルセンターでは2年に一度定期大会が行われて1日目は来賓の挨拶や一部の活動報告、2日目が人事や予算案を含めた議案の承認で、私が知る限りはそうです。単組の定期大会であれば、質問などは最初にお願いしていた組合員に頼んだりするのですがナショナルセンターともなると、サクラのような質問もあれば台本もおそらくないであろう質問も飛び、多少は緊張感ある場です。良く連合は同盟系が牛耳るナショナルセンターと言われ方もしますが、正確に言えば全逓、全電通など旧公社や鉄鋼労連など総評の中でも江田三郎の構造改革を支持していた産別、同盟系はJC共闘の連立政権のようなもので、比較的組合員が多いゼンセンや自治労は非主流派でした。だから電力総連出身VSゼンセンの会長選挙が行われた事もあったのですが、対立軸が明確ではないため主導権争いのような事も恥ずかしながらやってきていたのも歴史です。当時は連合と民主党の関係はもっと険悪で 「第二期民主党をつくる有志の会」というものが地方議員まで浸透しており、知る人から言わせれば社民党回帰路線や選挙運動撤退路線があり、前述した会長選挙も各産別の運動方針の違いでは無く、周りから見ればなんで争っているのか分からなかったと思います。今でこそ色々と落ち着いたものですが、非主流派産別ゼンセンは日の丸をメーデーなどに掲げて、「イラク、イラン、北朝鮮の三国同盟を打破せよ」みたいな事を主張し、もう一つ組織名はやめときますが非主流派産別は逆に「独占資本の搾取を許すな。反帝国主義を連合も完徹せよ」とウイングというより、政治的な見解で統一したものは「二大政党の確立」ぐらいしかなかったです。元々労戦統一後、日本社会党と民社党の社民勢力結集路線、それにプラス公明党という絵を描いていて、元々構造改革派もJC共闘もイギリス労働党のような政党を結成する予定でしたがこれは自民党の流動化でアメリカ民主党のような政党を応援する事になりました。もっとも連合結成後労働党や民主党もサードウェイ路線をとったため日本の労組も目標を見失った感があります。
元々連合結成は当時に携わった人から言うと「産別民主化同盟の最終的な勝利」と言われます。実際、連合は四つのナショナルセンターが結集し最左派の新産別も参加しています。基本的に組織丸ごと連合に合流した同盟の専従は数が多かったものの政策は同盟にポストを渡したのですが、組織化については総評がしっかりと握り、基本的に地方連合会は総評構造改革派や自治労などが中心ですが運動の方針自体は旧総評の路線がかなり伏流として流れている部分はあります。例えば私が居住する愛知ではトヨタ労連の影響力は大きいですが、地区労や県評の枠組みは残っており、そこまで押されていません。
昨日の会長挨拶では政治の事を触れましたが、非常に不満が高まっている従来の方針「2大政党確立路線」は今後も続いていくでしょう。かつて連合結成当初、新進党と自社さと分裂し散々だった話を聞いた事がありますが今回もそうなる可能性はあります。組織内議員には連合より産別の人間だから産別の言う事を聞くと公言する人がいると報道されました。あの民主党政権で輿石東が労組出身者を束ねていた時代より時代はまた変わっています。現在、結局分裂を防ぐ事ができなかった輿石より1枚も2枚も落ちる人がどこまで束ねる事ができるか予想がつきません。