アンソニー・ギデンズの理論であり90年代を中心に「第3の道」路線で、社会民主主義政党が政権を奪取する例が頻発しました。この流れは日本にも一定の輸入がされ、98年に新進党系の保守野党を飲み込んだ「民主党」は菅直人を中心に第3の道については肯定的でした。ただ、政策によってはサッチャーやドイツのヘルムート・コールよりも市場原理を取り入れた政策は2000年代を中心に右派、保守党回帰を産んでしまい欧州では大半の国で保守政権が誕生します。この辺りは「第3の道」政権は、規制緩和による住宅バブルが発生し、個人債務が膨張し、市民生活は格差がどんどん広がっていったのに健全財政に固執したのが今となっては大間違いでした。インフラ整備の投資不足は、地方と都市部の格差をより広げてしまい対策を打とうとする頃には時はすでに遅かったです。
発祥の地であるイギリスではこの第3の道路線の修正は必要であり、若干左に寄せた修正を行うエド・ミリバンドを2010年党首選で選出しました。兄であるデイヴィット・ミリバンドはトニー・ブレア最側近でありブレア路線の踏襲を主張していましたが、エドの方はブレアの次に首相となったブレアよりも若干レフトであったゴードン・ブラウンに近い人でした。実際左派色が強い労働組合はエドを一定の支援を行いました。エドの路線はいわゆる「当初分配論」です。例えば同じ再分配政策でも市場所得の格差を税額控除という方法で事後分配を行うことに対して、エド・ミリバンドの政策は再分配前の市場所得の平準化を目指したものでした。公共への投資を重視、社会サービスを充実、技能習得支援、労働者の権利保護など所得を再分配前にそうした制度を整えておく事で、格差社会の弊害を取り除くものでした。
しかし選挙では新興の地域政党「スコットランド民族党」の勢いもありイギリス労働党はさらに失速します。地域を基盤に持つ勢力に野党第一党として存在感を示せず、党勢を縮小させるとはどこの国でも聞いた話です。またエド・ミリバンドの発信力が極めて弱い事もあげられました。さらにゴードン・ブラウン政権で重要人物だった人達がエド・ミリバンド執行部を締めており、結果として「第3の道」政権に対して、何ら反省がないのか?という意見もよく聞かれた事です。そのため2015年にミリバンド執行部は総退陣をし、労働党は党員1人1票方式による新党首を選びます。この選挙で異変が起こりました。ブレア派の後継者であるリズ・ケンドールは得票率を5%を割る大敗。明確に労働党の党員は「第3の道」継続のの拒否を明確にしました。エド・ミリバンド執行部のゴードン・ブラウン派の候補であり現在は外務大臣、かつて保守党からの政府諮問委員にもなっていたイヴェット・クーパーも得票率17%ほどで3位。1位、2位は労働党左派グループである「キャンペーングループ」からの立候補者でした。元々ブレア派にいた右派から左派に転向したアンディ・バーナムが2位、1位は基幹産業再国有化、累進課税強化、核兵器廃絶を唱えた最左翼ジェレミー・コービンでありこの結果は驚きを持ってイギリス労働党にとって受け止められました。ある意味こうした動きは労働党だけではなく世界中の左派政党にも大きな影響を与えました。いわゆる中道左派路線絶対擁護から修正資本主義、資本主義を根本から変革する勢力も左派内(本来左派はそういう勢力であるはずですが)からも登場しました。そして今後もまだ左派が流動、再編成されその政策もどういうものに変わっていくのか注目しています。あくまで個人的な意見ではありますが、エド・ミリバンドの「当初分配論」は大きく間違っているとは全く思っていません。現在の減税ブームなら置いていかれる理論ですが、市場や経済のあり方を根から見直すという再分配論もあっていいはずです。説明は難しいですが、責任を持って論戦に挑む価値はあるはずです。問題はだからといって事後分配を軽視していいという議論に流されてほしくない事です。