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私が「同志」と「革命」を使う理由

 id:Pontarou0608 さんの再質問頂きました。この場でお答えします。もっとも1番の理由は個人の自由と言うものですが、解答をしないというのも丁寧さに欠けると思うのでこれを持って私の真意とさせて頂きます。

 

 「同志」については、もともと戦前や戦後に生まれた日本の労働組合は結成前は「労働者同志会」という組織名で職場の労働者に檄文を飛ばしました。Twitterのアカウントはもともと労働組合運動の広報を兼ねて、それが何らかの組織化のきっかけになれば、原点を回帰すべきと考えそうした語句を使っています。「同志」という言葉は保守派でも使われるので、あえて封印する理由もなく積極的に使用しています。当然目指す先が違うのなら、同志ではないですが完全に拒絶せよと言う意味では使っていません。人民戦線方式のような共闘はあり得る事ですが、同一化は望んでいません。議論というものは、どのような政党にもいい顔をするものではなく、また政党も本来サービス業ではないはずなので意見を集約する責務は生じます。私は組合の立場から言えば、一部の政党と共闘はできます。ただ同一はあり得ない事です。それはキチンとしたお互い筋を通すべきは通すところにあるはずです。ごく一部の政党とは共闘すらあり得ないです。私はここでお約束のような事を言いますが、左右の全体主義には対決し当然「極右からの革命」とは打倒するまで闘争は続くと思います。

 

 「革命」という言葉は私は思想や倫理を伝える上で必要な言葉だと思います。「改革」はよくて、「革命」がダメというルールも規則もありません。社会民主主義という考えも元々は議会制を通じて漸進的に社会主義革命を目指すというもので、その原点に帰り、「革命」という言葉を使っています。もしそれを忌避するなら、それをキチンと主張すべきです。本来なら目指すべきゴールがどこの政治組織を含めた政党にもあるのだから、それを詰めないままでは当然後から崩れ始めます。残念ながら、今左翼陣営はおろかリベラル勢力ですら、ゲームチェンジャーのポジションは失いました。だからと言って焦って結論を先走るのは非常に悪いことです。私は「極右からの革命」を打倒すると同時に「新自由主義の完全なる終焉」を目標にしています。極右を倒すために新自由主義者と同盟を組んでしまう事は、今後左翼陣営が壊滅する安易な解答です。アメリカ大統領選でカマラ•ハリスが敗れたとき、一部の人はハリスがリベラルに寄りすぎたと批判しましたが私は彼女が反トランプでネオコンネオリベラルのリズ•チェイニーに妥協した結果だと思います。

 

 客観的に判断すれば、ネット上の支持者は私は移ろいやすいものだと思います。◯◯すれば党員辞める、◯◯すればもう投票しない等の言葉が溢れます。それはそれで個人の自由ですが、私は何度かTwitterでも言いましたが、政党か労組どちらかを選べと言われると私は当然労組を選ぶという言葉です。だから組合である事は止めるつもりはないし、政党より組合の都合を優先するような事を言う事は間違いなくあります。だからこそお答えしますが、労働組合が今日本だけでなく世界中でも苦戦、退潮気味なのは安易な妥協、特に新自由主義を交えたいわゆる「第3の道」を進んだからだという経験とポピュリストに振り回されて左翼陣営の中核としての労働運動を見失ったからと確信します。だからこそ「極右からの革命」を拒否し、左翼陣営が主導した改革を目指す者です。左翼であっても、私は民主主義者であり自由な議論は担保されるものだと思っています。




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