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失われた無産勢力を求めてー東京都議選特別編②

3 墨田区 セツルメント運動と労働者学校

https://gendainoriron.jp/vol.22/column/obata.php  小畑精武 東京下町の労働運動と東大セツルメント

1923年関東大震災が記憶に新しい中で日本初のセツルメントが設立されました。セツルメントとは貧民街で暮らし、その教化を目指す運動の事です。セツルメントでは労働者学校も創立され、多くの貧しい労働者が高度な教育を学ぶ機会になりました。当時セツルメントを主導していたのは東京大学学生で構成された社会主義団体「新人会」が中心で後に国家社会主義者に転向する赤松克麿も「新人会」出身です。 墨田区江東区荒川区、足立区、葛飾区、江戸川区で構成された中選挙区東京6区は島上善五郎、山口シズエ(後に自民党移籍)など輩出しましたが、現在の下町では日本共産党が根強い地盤を築き上げ、社会党勢力は後退しました。

 

4 台東区 「桃色争議」の舞台

https://gendainoriron.jp/vol.23/column/obata.php 小畑精武  日本の盛り場―浅草の争議を巡って

大正時代に華開いた社会主義運動、労働運動は女性労働者たちも無産勢力として闘いました。1933年、松竹座のスター女優、 水の江滝子は楽士の境遇に同情し女性用トイレの数を増やしてほしいという思いもあり彼女はストライキのリーダーになります。会社側は水の江に同調した女優達を「賊女」という表現をし徹底的にやり込めますが、世間の応援は水の江の味方となりこの争議は全面的に争議団の勝利に終わります。現代ストライキがなかなか難しい時代で「桃色争議」は、2025年現在でも学ぶ事が多い争議です。台東区は元々、保守政治家である鳩山一郎が地盤としていた土地であり現在でも保守勢力の方が優勢の土地ですが、 リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーの思想を鳩山は持っていたので、その孫の世代である由紀夫は旧民社党勢力とほぼ同一の関係でした。




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