アメリカ社会主義政党では1番規模が大きく、推定の党員数は80000人です。2016年のバーニー・サンダース大統領選挙から党員は増加。主に20代の若者の入党が顕著となりました。学生運動最盛期の60年代では「民主社会の学生」が40000人、1940年にコミンテルン系のアメリカ共産党は75000人です。その頃アメリカ社会主義の主流派である、アメリカ社会党は推定(11万5千人)でした。もっとも有名な社会党員は ユージン・ヴィクター・デブスで鉄道労働者出身、ストの指導中に逮捕された後マルクスの著作を読んで社会主義に目覚めます。
元々アメリカ民主党の地方議員だったデプスは、政治とは不干渉主義のサミュエル・ゴンパースの労働組合組織アメリカ労働総同盟と距離を取り、世界産業別労働組合を結成後、それを母体に社会民主党やアメリカ社会党を結成し5度の大統領戦を戦い、一時は得票率6%を奪うなど前身しますが民主党のニューディール化、民主党内左派の進歩党結成、ロシア革命による共産党の台頭によってアメリカ社会党の基盤は侵食されました。
戦後は社会主義インターに加わったアメリカ社会党ですが、幹部が反共主義のマックス・シャハトマン(元トロツキスト)が加わると、右派が多数派を形成し「アメリカ合衆国社会民主主義者」を結成します。右派は学生運動上がりの新左翼も入党した事に我慢ならず、かなりの多数派を率いて離脱、独自で社会主義インターに加盟します。最左派、最少数派は「アメリカ合衆国社会党」を結党。新左翼主体ですが、アメリカ共産党との社共共闘を目指す政党で、右派や中間派はアメリカ民主党との合流や共闘路線を求めていましたが、彼らは独自路線を歩みます。また左派は社会主義インターナショナルには加盟しませんでした。この左右両派社会党はかなり党員の数を減らしましたが、活動中です。ただ右派の合衆国社会民主主義者は2011年以降HPの更新がないです。
右派にも左派にもいけない民主党と合流する気はないが、大統領候補ジョージ・マクガヴァンは支持していた中間派はアメリカ民主社会党を結成します。元々宗教家であったマイケル・ハリントンが主軸で「あまりもの」と自嘲しましたが、東側諸国の非民主的な体制には批判的で社会主義こそ民主主義であるというルクセンブルク主義のと同様の回答をよくしていました。ハリントンはニューレフト系のフェミニスト運動などと合流し党名を「アメリカ民主社会主義者」と改めて、ユージン・デプスのイデオロギーを骨格にフェミニズムの要素を取り入れていきました。アメリカ緑の党、リバタリアン党、立憲党に比べても小さな政党ですが、労働組合の大幹部などが党員であり、一部下院議員もメンバーにしています。社会主義インターには新自由主義の批判が皆無であると主張し脱退しました。会費が払えず除名された右派のアメリカ合衆国社会民主主義者に比べると、国際政治の舞台でPIに参加するなど動きを活発化し、オルグを来日させたりしています。