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日記のこと


新しい日記本を作るための作業をここのところずっとしていて、去年のことを毎日のように振り返っている。
内容は昨年の3月から12月までの、ほとんど毎日だ。ボリュームがありすぎて引いている。実際の出来事からおよそ1年経っているといろいろなことが客観的に捉えられるようになっていて、ばかだなぁとか情けないなぁとか思いながら、削ったり書き換えたりしている。もう少し削らないとすごい厚さの本になりそうなので焦っているのだが、一方で自分の生活なので続きがわかっている(当たり前)ため「これはこのあとこうなります」とか補足を付けたくなる。そういうもんじゃないわね…と気付いてやめてみたりしている。
この日記本の中で前回の日記本*1を作っているときのことや、売り始めたり読んでもらったりしたことも書いてあるし、更にはこの日記本の中にこの日記本を作っている日のことも書いてある。日記本の中で日記本が何冊も入れ子になっていて大変だ。

 

今日このポッドキャストを聴いて、
しらい弁当さんが言う日記の効能(的なもの)の中に「僅かな時間だけど毎日自分の気持ちと向き合っている」といったようなことを仰っていて、なるほど、と思いながら、自分は日々書いている日記で自分と向き合っているだろうか?と疑問に思った。
私の場合、日々は本当にただスマホのメモ帳に書き散らすだけで、感情の起伏や考えたことがあってもそれを書けるときは書くし、書けないときは書いていない。思ったことは書いていても、なんでそう思ったんだろう?まで書ける日はすごく稀だ。つまりその日のうち(もしくはその数日中)には、出た感情に対してもう一人の自分を出現させるのが難しいことが多い。
しかし日記本の作業をしていると、この文章の中でグズグズ言っている人(自分)はほとんど親しい他人のようなものなので、グズグズウジウジ言っている中身が何度も繰り返されることとか、同じ過ちを何度も犯しては浮き沈みしていることとかが、スッキリと視界に入ってくる。なんでこの人こんなに苦しんでるんだろう?と、共感できないことすらある。喉元過ぎれば熱さを忘れてあっけらかんと自分を見ることができてしまう。もちろん恥ずかしくて見ていられないような内容もあるにはあるし、思い出すだけで泣きそうになることもあるのだが。
今回は作業しながら、あんまり自分で認識していなかった自己矛盾がたいへん良く見えて驚いた。日記本の作業をしているうちにその矛盾の解決策が見えてくればいいのだが、まだそこまで行かないようだ。ただこの作業が想定していた以上に自分のことを深掘らせて、なにかいいことに繋がるのではないか、という期待を少しだけしている。なにしろ、やっと「あ、わたしはここがおかしいんだ」とポイントが腑に落ちたのだ。多分、自分の周りの人はこの矛盾を知っているし「今更?」と思われるかもしれないけれど、やっとやっと見えたものなので少しだけ嬉しい。
やっぱり日記は書きっぱなしにするよりも、どこかのタイミングで読み返すことでより良いことがあるかもしれない。というのが日記の効能ということでどうでしょうか。

 


f:id:l11alcilco:20250126193401j:image日記本の作業にかこつけてカフェでコーヒー飲んだりおやつ食べたり。もうすぐ旧正月のお休みなので一気にやりきるつもりです…写真はコーヒーチェーン店の蛇年デザインのカップ。かわいい。

 

 

 

 

*1:こちらです、増刷しましたのでぜひ…




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