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今日の朝食はリンゴを2個食べた。
冷蔵庫にはオレンジが2個、リンゴが3個ある。
普段は果物をほとんど買わないし食べない(なぜなら面倒だから*2)のだが、この半年は常にリンゴとオレンジが冷蔵庫にある。
会社でもらえるからだ。
勤め先は日本人とマレーシア人が一緒に働いている会社で、イスラム教を信じている人たちはその習慣のとおりにしているが、そうでない人たちもいる。中華系のマレーシア人といわれる人たちがいて、その人たちは風水とか道教のようなものを信じているようだ。日本でもビルの屋上に小さい鳥居が建っているようなところがあるけど、それと同じような感じで小型の神様が祀ってある空間があって、そこで月に4回くらいお祈りをする。お線香をあげたり、お金を模した紙を燃やしたりする。月4回であって週1回でないのは、なんらかそういう特殊なカレンダーで回しているからだ。そのときに、お供物として出てくるのがリンゴとオレンジなのだ。当地らしい珍しい果物(ランブータンとか)じゃなく、リンゴとオレンジ。アメリカ産だ。
ちょっとお線香の香りが表面に付いたリンゴとオレンジが机に配られて、ありがとうございますとそのままカバンに入れて家に帰る。冷蔵庫に入れる。忘れる。またもらう。入れる。あ、と思う。忘れる。その繰り返しで冷蔵庫にたまるのだ。算数の問題みたいだなと思う。「むまさんは月に4回リンゴ2つとオレンジ1つをもらいます。食べるのは月に1回、1つずつです。3か月後にむまさんの家の冷蔵庫に入っているリンゴとオレンジの数を答えなさい。」といった設問。
結果として、土曜日か日曜日の朝に意を決して食べることが多い。皮をむく、という行為への苦手意識が強いから、時間的余裕があって、やるぞと思えないと始まらない。バナナ、とか、みかん、とかと違って、包丁でちゃんとむかないと!と思って身構えているからなかなかスッと食べる気持ちになれない。一気に消費するために火を入れたらいい、と思って、過去には肉とリンゴのスライスを一緒に炒めたり、オレンジは輪切りにして焦げ目をつけてフレンチトーストに添えてみたりもした。ていねい風の演出になる。
最近はますますバラエティに富んだ自炊から遠のいていて、リンゴもオレンジもどうこうする宛てがなく、今朝はもうリンゴをまな板の上でむきながら食べた。なんだ、これでいいじゃん、お皿もいらないし、と思った。切り方とむき方も、非常に雑な方法になった。今までは実家で母がやっているように、八つ割りにして軸を「く」の字に切って、それぞれむいて…としていたのが、ふと気が付いて、縦半分に切って、軸の周りを縦に切って(6つに分かれる)、軸のついたところをまた縦に切り、それぞれ可食部は皮をむく…ということにした。軸の部分がもったいないのは確かにそう。そうだが、もう、そうした。どんどん生活が手抜きになっている。いいのかなと思う。思ってはいるがなかなか低きに流れた水は戻らない。

あと、アメリカのリンゴならむかなくても食べられるんじゃないかという気もしている。