歩き続けた女性たちの草の根労働運動 / 多田とよ子著 ; 多田とよ子さん百寿記念著作刊行会編
富士社会教育センター, 2025.9 252p 19cm
<本書の刊行準備と全体構成>
本書は、長らく全繊同盟(全国繊維産業労働組合同盟)=ゼンセン同盟(現UAゼンセン)、同盟(全日本労働総同盟)全体の女性運動のトップリーダーであった多田とよ子さん(以下敬称略)が、2025年11月5日に百寿を迎えるにあたって、彼女の並々ならぬ実践と数々の執筆を次世代に形として残したいという本人の希望と、UAゼンセンを中心とする周りの人々の熱意とで、「多田とよ子さん百寿記念著作刊行会」が立ち上げられ、百寿直前に刊行された(「刊行会」=逢見直人、熊崎清子、菊池美保、永井幸子、後藤嘉代)。
全体の構成は、以下の通りである。
第1章 多田とよ子オーラル・ヒストリー
第2章 私にとってのゼンセン労働運動
第3章 赤松常子とその「志」を継いだリーダーたち
多田とよ子年譜 / 多田とよ子著作目録
第1章のオーラルヒストリーは、この「刊行会」発足以前から、梅崎修・法政大学教授、島西智輝・立教大学教授、南雲智映・東海学園大学教授をはじめとするオーラルヒストリーの専門家グループが取り組んでいた企画と合流掲載となった。第2章・3章は、本人が「歩き続けた女性たちの草の根労働運動」と題して書きためていた原稿を、萩原久美子・桃山学院大学教授の監修によって再編成されている。
書名も本人の想いがそのまま反映され、「赤松常子顕彰会」からの出版助成を受けて刊行実現に至った(多田とよ子は、1985年第14回「赤松賞」受賞)。
男性を中心とする労働組合史は多々あるが、女性リーダーの継続的な「草の根労働運動」、歴史的にも貴重な時代の記録をよくぞ残してくださったと、読めば読むほど、何度も感謝の気持が沸いてくる。
尚、多田とよ子は本書の完成直後、2025年9月9日に逝去されたことを、大先輩への追悼の気持を込めて慎んで本書の紹介に加える。
<「現場こそが労働運動の原点」>
多田とよ子の百寿に至るまでの仲間との実践内容をすべて紹介するのは、字数上無理ではあるが、労基法の女子保護廃止を前提にした「男女雇用機会均等法」(以下「均等法」)成立時の取組みとゼンセンにおける「母性保護」統一闘争を中心に紹介したい。
1985年に公布された「均等法」に対しては、政財界の画策を乗り越えて、労働四団体(総評、同盟、中立、新産別)が結束して反対運動に取組み、国会でも全野党が結束して反対した。均等法案が提示される前の1978年11月の「労働基準法研究会」(労働相の私的諮問機関)報告が労基法の女子保護廃止を打ち出したことが、均等法案のレールを敷いている。この「労基研報告」に「愕然とした」ことが、1章でも2章でも述べられている。それは、赤松常子をはじめとする「母性保護基本法」を求める運動や、ゼンセンが取り組んできた「母性保護統一闘争」(1974年)に反する攻撃だったからである。
同盟内部からは、「総評と一緒にやらんでも……」と、総評との共同行動に批判はあったようだが、「母性保護には、右も左もない、労働現場から守らなければならない」という主張で、労働四団体の足並みは乱れなかった。当時大阪総評で「母性保護を貫いた真の男女雇用平等法を!」を闘っていた私たちにとっては、この部分は非常に興味深い記録である。
さらに注目するのは、労働戦線再編による「連合」発足後の1990年代になっての、「男女平等法制を求めた(第二次)の時には、労働側から保護を外して代わりに平等法をと言われたんですね」(160頁)この時点の1996年に、ゼンセン同盟は、「労働省、婦少審(婦人少年問題審議会)、連合に対して、『女子保護規定の解消の先行決定に反対する』として、要請書を提出しています。問題の本質を見据えてスジを通したのです」と。
ナショナルセンターに対して一産別が公然と異論を提起するにあたっては、随分抵抗があったと思うが、多田とよ子は「スジを通した」と述べている。この時点では、次のリーダーにバトンタッチしているが、その主張はゼンセン同盟全体に引き継がれているのだ。
労働組合全体に女性の要求・意見を反映するための機構改革についての努力も、「アファーマティブ・アクション」の活用として、その積重ねが記録されている。
<女性が主体的に活動できる体制を求めて>
そして、「母性保護」と「男女同率の賃金アップ」の関連についても、単組の先進的な取組み紹介を通して、その根拠と典型化が述べられている。
第3章では、赤松常子の生涯とその「志」を継いだ女性リーダーたちの足跡が極めてコンパクトに要約されていて、継承すべき「志」が伝わる。
最後の「解題」では、久谷與四郎氏(労働評論家)が、表題の「草の根労働運動」の表現について、「だが、どうしてどうして、筆者には遠慮がちに見える。多田さんの歩んだ道には、大きく枝葉を広げて茂った巨木が見えるからであある」と述べている。そのこと自体は同感だが、労働組合にありがちな「上から下へ」の運動展開に対する、著者の抗いの表現ではないかと、私は想う。再度著者の弁を繰り返す。「労働現場に足を運べ、現場こそが労働運動の原点だ」と。 (伍賀 偕子 ゴカ トモコ)
