
京都国立博物館では年に何回か、展示物入れ替えのために展示室は閉館し、庭園のみの公開となる時期があります。
今回はそんな庭園のみ公開の時期に博物館に行ってみることにしました。

上記のような建物/庭園ガイドの冊子がもらえます。
(この冊子目当てで行ったといっても過言ではない、^-^;)

まずは東の庭エリアへと向かいました。

イトランが咲いていました。
その向こうに見える建物は「技術資料参考館」(非公開)

入り口のランプがレトロでいい感じです。


そして参考館の横の道を歩いていくと、石人がたっておりました。

これは李朝朝鮮時代の墳墓装飾遺物なんだそうです。
京都国立博物館には、
石人:13躯、石羊:1対、燈籠:2基、基台:5基、方台:8基、石脚:2対
が展示されているそうです。




いろんな石人が立っています。





石羊


石人


灯籠の形も日本のものとは違いますね。

椅子とテーブル?


石人の後ろの模様がオシャレでした。


たぶん、石人たち、造られた年代も色々なんでしょうね。
この左の石人の横を通り過ぎたところに茶室があって、ほんとはそこを一番見たかったのですが💦 あいにくこの日は貸切で見ることがかないませんでした、😭
↓というわけで、こちらは友人が別の日に行った時の写真をいただきました。




茶室「甚庵(たんあん)」
ガイドブックによると江戸時代初期京都における公家文化の伝統を受け継いだ数寄屋造りとのこと。
↓詳しくはこちら

東の庭に続く階段
ここの青もみじが綺麗でした。
秋もさぞかし紅葉が美しいことでしょう。


方広寺の石垣の裏から出土した石仏だそうです。
ja.wikipedia.org大仏様のお話とか、鐘が大坂夏の陣の発端になったとか、色々と逸話が残されているお寺のようですね。

西門の北にある石垣、これも方広寺のものだったそうです。
派手好みだったと言われる秀吉が作らせただけあって、巨大な石を使っています。

これはその方広寺大仏殿でつかわれていた所用鉄輪
この写真を撮ったときには、方広寺のことを何も知らなかったのですが、帰ってきて色々調べていたら、この鉄輪ひとつにも物語があるような気がしてきました。
何度も地震や火災で大仏は何度も焼失しては作り直していたようですね。

旧帝国京都博物館表門、札売り場
現在は使用されていません。

平成知新館の端から



馬町十三重石塔
右の写真の小さな塔はこの石塔の中から出てきたもののようです。

さて、こちらは西の庭エリアです。


キリシタン墓碑、右の写真をよくみると、十字架が刻まれているのがわかります。
桃山時代のもの。
穴があいているほうの墓碑は手洗い鉢に転用されていたとのこと。


阿弥陀三尊像
こちらも平安時代のもの、阿弥陀三尊像の石仏は少なく、貴重なものだそうです。

五条大橋 橋桁と橋脚
これも秀吉の時代のものなのですね。

今の位置に五条大橋がかけられたのは、秀吉の時代だったのだとか。
それ以前は今より北の松原橋の位置にあったそうです。


礎石

東海道車石
以前、ブラタモリのたしか山科の回で見たことがあります。
牛馬車の通行の便をよくするために、東海道や竹田街道に2列で敷かれていたそうです。
www.nhk.jp↑この回ですね。^-^

小型なので子供用と考えられているそうです。



礎石 奈良時代のもの

山城・丹波国境標示石柱 江戸時代
京都の西の出入り口、老ノ坂峠に置かれていた石柱。
「是より東 山城国」とあるこの石柱をみて、旅人は山城国(京都)に着いたと一息ついたかもしれませんね?

複製 金銅八角燈籠
東大寺大仏殿の前にある国宝の複製です。
大きさ、デザイン、素材、製作技法、奈良時代のオリジナルと同じものを用いられているそうです。

さて、最後にこちらは明治古都館(旧帝国京都博物館本館)
明治28年10月竣工、30年5月開館でした。

破風のところの彫刻は、毘首羯磨(びしゅかつま)、伎芸天(ぎげいてん)
この日は閉まっていましたが、以前に中を見学する機会がありました。
↓詳しくはこちらの記事をご覧ください。

ロダン「考える人」と明治古都館
(おまけ)

これは5月下旬、サツキが咲く頃に撮った写真。
この日は雪舟展見に行ったのでした。

(予告)

「法然と極楽浄土」は10月8日から12月1日まで♪
忘れないようにここに貼り付けておきます。^-^
こちらは「考える人」と噴水と植物編です。↓