備忘録的な記事です。
私のためのストック記事。
もともとそんな存在のこの場所ですが、さらにその色が濃いものです。
たった数名の読者しか持たぬサブブログですが一応お断りしておきましょう。
長男Hがこの動画をアップしたのは6年前のこと。「化け猫」名義でニコニコ動画やYouTubeに発信していた頃のものです。
youtu.be
その後Hの音楽活動も変遷を辿り、名前も「化け猫」から「日向猫」へ、今はFINAを名乗っています。
kyokoippoppo.hatenablog.com
アップされるものも、編曲から自作曲へと舵を切っております。
「化け猫」としての自分は、遥か昔の存在であり、思い出すこともなくなっていたことでしょう。
そこへ、思いがけない知らせが入ったのです。
これを音源として歌った方からの連絡でした。
音源使用のやり取りが交わされたのがいつのことかは分かりませんが、練習を重ね納得できるものに仕上がったのでアップしたとのこと。
お互いのコメントを読めば、音源使用からアップまでにかなりの年月を経ていることが伺えます。
Hにとっては望外の喜びとなったようです。
鎮魂頌の元歌は、アリプロジェクトの作品ですが、この楽曲のさらなる元祖はイタリアの作曲家スカルラッティの歌曲だそうです。
Hの動画解説には次のような説明が添えられています。

おお!なるほどね。
戦後日本の姿も刻々と変わる中、鎮魂頌の歌詞はどのように受け取られるのでしょうか?
Hがこれをアップしたのは6年前の8月のこと。
終戦記念日を意識し、平和を希求する気持ちでアップしています。
が、その際動画に靖国神社を入れたかったのに上手くいかなかったと漏らしました。
鎮魂のイメージが、安易に靖国神社と結びついたのでしょう。
私は、入れなくて正解だよ。
と伝えました。
靖国神社…国のために命を差し出した人々の御霊を鎮める場所というイメージはあります。が、その時代そうせざるを得なかった現実があり、彼らは自ら差し出したようでいて、そのようにさせられたのです。
彼らの慰めが本当に靖国神社に祀られることであるのか?
私には分からないのです。
靖国神社を安易に平和の象徴にしてしまってよいのか?
これも記事に残しています。
来月には終戦記念日がやってきます。
選挙が終わり、長らく安定を保っていた自民公明の凋落が明らかになったと共に「参政党」が躍進。
不穏な憲法草案を掲げる党です。
誰もが求める平和…
どのように維持されるのか?私たちはどのような姿勢で生きれば良いのか?
試されていきそうですね。