以下の内容はhttps://kyokoippoppo.hatenablog.com/entry/2025/09/06/201347より取得しました。


過去記事からアイヌ語地名をほじくり返す

 前回の記事を書き終わったそばから、タイトルどおりのことをやってみたくなったのです。

過去記事を貼り、そこから引用したり関連のことを綴ったりという内容になります。

お時間が許しましたらお付き合い下さいませ。

北海道には、アイヌ語由来の様々な地名が残されています。
しかし、アイヌの方々は文字を持たない民でしたので、土地の記名は和人の手により行われました。


(画像は国立国会図書館デジタルコレクションより)

音として聞いた地名は、一旦片仮名で記録され、地名化するにあたり、漢字表記に差し替えられました。
ですから、
エサシ→江差・枝幸
モンベツ→紋別・門別
のような同音異字が出現します。

テイネ イ

kyokoippoppo.hatenablog.com


昨年秋に出向いたアルバイトの集落「丁寧」(テイネイ)
そして札幌の手稲も同様だと思われます。
テイネ…濡れる
イ…物、事
丁寧はサロマ湖畔の集落であり、手稲の方は開拓前の低湿地帯の姿からそう呼ばれたとされています。

インカルシ

kyokoippoppo.hatenablog.com

かつてアイヌの人々がインカルシと呼んだ瞰望岩は、駅の裏手に堂々と姿を見せております。
いつも目にする景色なので、当たり前のように受け止めておりますが、なんとも不思議な場所にある奇石といえましょう。


(画像は地質情報ポータルサイト内の日本の奇石百景十より)


アイヌ語地名を歩く』にも「インカルシぺ、インカルシ」のページがありました。
札幌市民にとって身近な山である藻岩山の旧名が「インカルシぺ」であったとまず語られています。
インカル…眺める
ウシ…いつもする
ぺ……処

さらに、遠軽の旧名である「インカルシ」と「インカル・ウシ・ぺ」は同地名と捉えてよいと書かれています。


語頭のイがエに訛ってエンガルの音となり→遠軽という町名になりました。
そもそものエンガルの由来であった岩は、「瞰望岩」(がんぼう岩)と名付けられています。
まさしく、オホーツク海へと続く平野を見晴るかすことができます。

ご覧あれ!
瞰望岩の崖っぷちで撮った写真。
若かりし頃の私です。

(斜面に貼り付いているように見えますが、さすがにそんなアホなことはいたしませんよ。
私はちゃんと平な所でしゃがんでおります。それにしても、kyokoまん丸だ!)

オッチシ

kyokoippoppo.hatenablog.com

 オッチシの記事は、無線愛好家であるへんねこさんからのコメントがきっかけで書き残すことになったもの。
ひとつ前の記事にて、『駅めぐりをご一緒に』の読後の感想を書いていました。
道内の鉄路を舞台とした楽しいフィクション作品。
そこに登場したのが、「落石」(オチイシ)という駅名です。記事発信後にへんねこさん
https://blog.hatena.ne.jp/jh0iam/から
いただいたコメントが以下のものです。(一部略)

根室本線の落石(おちいし)駅を「おっちし」駅だと思い込んでいました。
この地に、明治41年から昭和41年までの約58年間、落石(おっちし)無線電報局があり、船舶や航空機との重要な通信を行っていました。
無線史に詳しい方にはこの落石(おっちし)無線電報局は非常によく知られています。
ただ、この無線電報局が「落石(おっちし)」として知られていますので、このあたりの地名や駅名までもが「おっちし」だと思い込んでいる方が一定数存在するのではないかと思われます。私もそうでした。

これに続き、自分の思い込みが訂正できたと、感謝の言葉が綴られておりました。

私は私で多くの無線愛好家にとっての「落石」は、おっちしであるということを知ることとなり、更にはそもそもが「おっちし」であったのだろうと思ったのでした。
だって・・・
オッチシアイヌ語の響きを感じさせるではありませんか???


まずは「オッチシ」ありきで、そこに「落石」があてられ、「おちいし」に変換されていったのだろう・・・と推測したのです。

調べた結果が以下の通り。


落石の歴史|落石シーサイドウェイ(北海道・根室市)

こちらにばっちり!!な記述がございました。

落石(おちいし)という地名は、アイヌ語の「オク・チシ 人の首の付け根のくぼみ」に由来し、落石岬が本土につながる低地、現在の漁港周辺をさしている。

人の首の付け根のくぼみ・・・なるほど、落石岬はこんな形をしているのです。

(地図はこちらからお借りしました。https://47memory.com/blog-category-3.html

湧別と隣接する紋別市内にも、「落石」(オチイシ)」の町名がございます。
また、サハリンの北にアレクサンドルロフスク・サハリンスキーという都市があるのですが、ここは樺太・千島交換条約(1875年)以前の日本名は、アイヌ語由来の落石(おっちし)であったとのこと。

学園図書室から引っ張り出した本から、2つの記事が仕上がりました。
実はもう少し綴りたいのです。

さらに書くか?
やめにするか?
次回に回すか?



考え中!




以上の内容はhttps://kyokoippoppo.hatenablog.com/entry/2025/09/06/201347より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14