※備忘録として残す、ちょい長の個人的な記録です。はじめにお断りしておきますね。
ひとつひとつ越えながら
「Xデイ来たる!」というタイトルで記事を投下したのは5月11日のこと。
第二子を授かった娘のお腹の張りが、あまりに頻繁なため入院措置となり、それに伴い長女である孫をこちらで預かることとなったのです。
私の本音は、それを避けたい一択でした。
しかし、懸念されていた「その日」がやって来た、そんな内容の記事でした。
kyokoippoppo.hatenablog.com
その日から孫を手元に置き、転校手続きを終えたKちゃんと共に職場へ通い、彼女の学校生活と日常生活を共に過ごす日々が始まりました。
カウントダウン
そこからは、小刻みに次なる目標が設定され、指折り数える暮らしとなりました。
身体を病院に預け、安静を保っ日々は当面の危機回避の役には立ったのでしょうが、娘の体力は日に日に衰え、全身の不健康がリアルに感じられると訴えるのでした。
点滴を刺せる場所が限られてきて、液が漏れては差し替える日々。点滴治療が服薬投与に切り替わり退院できる日が、最初の目標です。
待望のその日は、6月6日に叶いました。
学園運動会前日の退院でしたが、自宅での安静が強いられており、Kの頑張る姿を直接見ることは叶いませんでした。
その後様々なことを考慮した上で、Kの湧別暮らしを21日までと決めました。
早く札幌に戻りたいKは、カレンダーにメモを書きながらその日を待ちました。
Kが去り、大きな責任から解放された日、さみしくもありましたが、ほっとした気持ちの方が勝ったkyokoばあさんでした。
さて、次なる目標は、無事に36 週を迎えること。
その日の前に陣痛が来たり、破水するような事態となった場合は、小児科がより充実した別の病院へ転院しなければならないと伝えられていたからです。
その日が7月2日。
それも無事に迎えることができました。
ベビーの体重も心配ない域に達しており、あとはXデイ本番を待つばかり。
Xデイ本番
巷で噂だった例のXデイは、幸いなことに平穏のうちに通過いたしました。
そして7月10日、前駆陣痛と呼ばれる本格陣痛前の痛みも現れ始め、そろそろ、いよいよ!?
という気分が高まりました。
前回の記事の最後に私はこのように綴っております。
本日木曜日。
娘が朝から微弱陣痛を訴えております。
満月の作用があるや無しや?
Xデイ本番は近いのか?まだなのか?
落ち着かぬ気持ちで過ごしております。
本格的な痛みには達していないという判断のもと、10日は自宅で過ごした娘。
翌金曜日が受診日なので、その日を待つことにしたのです。
11日金曜日、朝、お腹の張りの間隔が定期的になってきました。8分間ほどの間隔。
「これは陣痛だ!」と娘からのライン。
早朝の入院となりました。
子宮口は4cmほど開いており、産道も柔らかくなっており出産に向けての準備は整っているとのことでした。
おお!…となれば産まれるのだな!
すっかりその気になったkyokoばあさん。
スマホが良き知らせを伝えてくれるのを期待満々で待ちながら、時を過ごしました。
今か?
今か?と。
着信音が画像の受診を伝えたとき、私は、産まれたてのベビーの写真が現れるかとワクワクしながら携帯を開きました。
あれ?まだなの?
痛みが加速せず、まだ産まれない。
歩いたりバランスボールに乗ったり運動中とのことでした。
仕事を休んだTパパと、学校を休んだKと共に満面の笑み。出産に向けハイテンションになっている家族の写真でした。
その日は、勤務後A支援員宅に集まってのおしゃべり会が予定されていました。
夕方から夜8時半までの団らん。
その間も新しいニュースは入ってきませんでした。
Aさん宅をおいとまし、ちょいと車を走らせた私は見事な満月に目を奪われました。


満月よ!孫はいつ産まれるのかな?
12日土曜日になりました。
娘は連日の寝不足で体力も落ち気味となっており、医師から陣痛促進剤投与を打診されたとのこと。
早く産みたい!お願いします!の娘。
おお!そうか!
いよいよだね、頑張れ!とkyokoはエールを送りました。
促進剤を使えばじきに産まれる、確信に近いこんな気持ちを抱いた私はこの日も
「いつかな?いつかな?まだかな?」
とその瞬間を待つのでした。
夫と共に実家の生垣の剪定仕事に出向き、お昼頃その仕事を終えても、喜びのラインは届きません。
お産が進まない。
薬の作用で痛みは付くものの、ベビーは産道を下がってくる気配はなく、子宮口の開きも進展せずという状況だったというのです。
土曜日の夕方となり、病院スタッフも手薄になる中、促進剤を続けることのリスクが浮上してきたとのこと。
子宮破裂してしまうかも…
ここにきて、不穏なワードも出現し、娘はすっかり心折れてしまったそうです。
促進剤の作用による、相応の痛みに耐えたのにお産につながらない。
促進剤の投与をやめれば、状況は振り出しに戻ってゆく。
またひと晩、眠れぬ夜を越えねばならない。
気負っていた気持ちは一気にしぼんでしまったようです。
私のスマホには、
「今日はもう生まれないと思う」という一文が寄せられました。
こんなに進まないお産ってどういうことだ!
お産は苦しく痛いものです。
でも、その先の希望が見えるから耐えられます。
それが見えない…これは苦しい!
しかし、私にできることは何もありません。
日も沈みきった夜8時過ぎ、突然ライン電話が鳴りました。
飛びつくようにして応答をタップ。
産まれたてのベビーを抱いたTパパさん、そして娘のA、孫のKが映し出されました。
「産まれたよお!」
夫も呼んでご対面。
わあ!良かった。
おめでとう!
おめでとう!
翌日改めて娘からTELがありました。
夜勤で交代した助産師さんの適確な誘導で、何とか出産にこぎつけたとのこと。
お腹にいるベビーの頭が子宮口にはまっていないことが、お産の進まない原因だと指摘、
娘の身体の向きを変えさせたそうです。
痛みの中、身体を動かすのもしんどいため、Tパパの手も借りて向きをゴロリンと変えたところ、娘にもお腹のなかで変化が起きたことが分かったそうです。
その後、助産師さんは、ここから◯分後にどの程度の痛みが来るのか?その場所の位置までをを適確に予測して娘に伝えてくれたそうです。
まさしく言葉通りの痛みがやって来るわけですが、それにより、お産がどの程度進捗したかも伝えてもらい、はっきりとした希望の灯が行く手を照らすようになりました。
家で留守番のペットの餌やりと外でのおしっこのため、一時帰宅する必要のあったTパパへは、この時間に行き戻るようにとタイムスケジュールも伝えられたということ。
ギリギリのタイミングだったようですが、瞬間時の立ち合いにも間に合いました。
孫のKも、ママの苦痛の声に耳をふさいだ瞬間はあったものの、弟の誕生の場面を家族として分かち合うことができたのでした。

予定日前ながらも3020グラムで産まれてきた男の子。
家族、病院スタッフ、学校スタッフ、湧別のママ友さんたち、そして私とじいじ、みんなで力を出し合いながらここまでやってきました。
思い出を残すために長々書いてしまいました。
お付き合い下さった皆々様!
ありがとうございました。