『母を捨てる』について書く4回目です。 幼い頃から実母による壮絶な虐待を受け、学童期には母の承認を得るために文章を紡ぎ出すことに打ち込んだ菅野久美子さんのことを書きました。
この後の彼女について、いつまで綴るのか?どこまで綴るのか?迷うところです。
しかし、私の手元にはまだこの本が…。
書いてゆきますね。
読んで気分の上がるような内容ではありませんのでね、気持ちの乗らない方はそっと閉じて下さいね。
本書第三章の内容です。
家族ドライブ
「さあ、見に行くか!」
という父親の一声で始まる家族ドライブがありました。
台風の夜のお出かけです。
外はシンと静まり返っている。誰もが雨戸を閉めて家にこもりっきりだからだろう。すさまじい風雨の中、父がエンジンをかけ、私たちの車は静かに車庫から出る。
この一家、災害が起きるや父親の車で被災地を回ることが恒例となっていたのです。
ボランティアのためなどではありません。
父は見晴らしの良い高台まで、車を走らせ、家族はそこから被災地を眺めるのでした。
母親は、それを見ながら
「あんなところに家を買わなくて良かった」
と口にするのでした。
どこかの被災地の映像を、私たちはテレビやスマホの画面で見ることができます。
人々の日常が壊されてゆく映像に、目が引き寄せられていくこともありましょう。
「ああ、大変だ。気の毒なことだ」
と口にしつつも、我が身の安全に安堵する気持ちも当然湧きます。
ここでなくて良かった。
私でなくて良かった。
という気持ちはどうしたって湧きます。
でも、どうでしょう?
その現場を、子ども達まで連れて見に行くというのは…。
既にパジャマ姿になって眠りにつくばかりの子どもを、激しい風雨の中に連れ出してまでそれを見に行くというのは、大変常識外れの行いのように感じます。
不幸に見舞われた人々を見ることによって、自分たちの優位性を感じたかったものか?
それにしても火事場見学のような行為を、わずかでも恥ずかしいこと、後ろめたいことと受け取る神経があれば、一家総出でのお出かけにはならないでしょうね。
久美子さんによれば、母の思いは、言葉とは裏腹に、大きな力によって家庭がぶち壊れることを望んでいたのではないか?と分析しています。
庭付き一戸建ての退屈な牢獄から解き放ってくれる何かを望んでいたのではないか?と。
世界が、壊れてほしい…。私も母に感化されるかたちでいつしか、母と同じくその瞬間を待ち望むようになっていた。それほどまでに、私たちの現実は苦しく、爆発寸前の何かが地下で煮えたぎっていたのである。
しかし期待する「何か」はやって来ず、母親は次第に変調を来します。
出刃包丁
当時父親は、異動による単身赴任のため不在。
関係が冷え切っていた夫婦は、この異動を大歓迎して受け取り、父親は身軽になって僻地へと転居しました。
残された母子三人の暮らしが始まって程なく、母は、突然ヒステリー状態になり、出刃包丁を振り回すようになりました。
「みんなみんな殺してやる!!」
と絶叫し、暴れ、子どもたちを追い回したというのです。
まかり間違えば、実際に子どもの身体に傷をもたらすほどの狂乱状態。
落ち着きを取り戻した母は、これを自分の更年期障害の障りなのだと語り、我が行いの免罪符にしてしまうのでした。
更年期鬱という言葉もある通り、この時期の女性が身体的、精神的不調に見舞われることはよく知られています。
しかし、「殺してやる!」と言いながら、包丁を振り回す行為は、更年期障害の症状を越え、精神的な治療の必要な深刻な病気の状態だと思います。
この不幸なお母さんは、自分のために、我が子たちのために病院を受診するという選択肢が思い浮かばなかっのでしょうか?
久美子さんのお母さんの痛々しさ、生き辛さもひしひしと感じるわけですが、幼い立場の子どもたちにしたら、母親は自分たちに襲いかかる残酷なゲームのボスキャラのようなもの。
成長した子どもたちを前に、もはや「母親」という立場だけで彼らをコントロールできなくなった母親は、刃物という武器を使い我が子を支配しようとしたのだろう…久美子さんはそのように書いています。
シンと静まり返った夜の新興住宅地で、メッタ刺しの殺人事件が起きるギリギリのところに、私たちきょうだいは身を置いていた。
菅野久美子さんは、第三章のタイトルを
『機能不全家族』としています。
その家庭がどれほど機能不全に陥っても、子どもはそこから、逃げ出すことはできません。
「機能不全か…」
私の胸もチクリと痛むのです。
やっと第三章までたどり着きました。
本書は第八章まであり、さらにプロローグが添えられていますが、次の記事で切り上げたいと考えています。