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『母を捨てる』を読んで ①

 下書きまでは綴ったものの、公開することをためらう日が続きました。単発記事では収まらず数回を重ねて綴る必要があること、さらにはテーマが重いこと、それが理由です。本日公開することにしましたが、いまだ躊躇する気持ちが残っています。とりあえず初回分を放出します。

家族を書く人

 家族の物語が好きです。
フィクションもノンフィクションも…。
なので、図書館の棚に『母を捨てる』を見つけたとき、迷わず手に取り持ち帰りました。

重たい内容であることは、タイトルから想像できました。
「すごい本を借りてしまった」…読み進むうちに湧いてきた思いです。

読後の感想を書こうにも、気合いがいります。単発の記事では収まらないでしょう。
私の中に未整理のままの様々な思いが散らかっていて、まとまった文章として仕上がるのか?でも、手を引くことはできず。
先を急がず、ぽつりぽつりと綴ってみたいと思います。
本日3月16日、日曜日。
図書館へ行き、本書の貸出期間の延長をお願いしてきました。

母性

 女性が子どもをはらみ、腹の中で育ててゆく。母性が働き嗅覚が冴えてくる。つわりの症状は人それぞれながら、今まで経験したことのない不快とともに暮らす。そのうちお腹はどんどん膨れ、中の生きものの活動が腹の中で感じられるとともに、波打つ腹の動きとして目に見える。
それでもまだ身一つだ。
赤子はそのまま母親の身体でもあるのです。
ぎりぎりという痛みとともに産道をおりてきて生まれる命。

「おめでとう」という声とともに目の前に差し出される赤子は、母親の身体から引き離された「他者」としてそこに在ります。

女は「母」となり、その命を懸命に育て始めます。乳を飲ませたり、ミルクを与えたり、抱いて眠らせ、オムツを替える。
ただ、これらの営みは生物として与えられている「母性」だけで乗り切れるものではないようです。
悲しいかな、途中放棄してしまうケースも起こり得ます。

毛布と水

 それでもこの本の著者、菅野久美子さんは乳児期を無事に育ちました。

 本書では幼稚園児だった頃の久美子さんの記憶から始まります。
幼稚園という安心の場から、家という恐怖の場へ帰り着くところから始まります。
西日の差し込む明るい部屋、その光を見ているうちは、そう、苦しくない。
今は、
いまは、
でも、母親が押し入れから毛布を取り出し彼女の頭にかぶせるやそこから拷問のような苦しみが始まるのです。
首を絞められる。

息苦しさのあまり、ボロボロと涙と鼻水が出てくる。涙の粒は顔面を伝って、毛布を濡らす。毛布は流れ出た水分を含み、さらに呼吸を苦しくする。涙を吸い込み、ベチョベチョに濡れた毛布は、巨大な怪物のように私にのしかかってくる。まだこの世に生を受けてたった四年… 。か弱い四歳児の私は、母の強大な力を前になすすべがない。母の強大な力に、ただただ翻弄されるしかない。

緑久美子さんの耳には、「あんたなんか、生まなきゃよかった」という吐き捨てるような母の声が聞こえてくるのでした。

母親は、新たな虐待方法も見つけます。
水です。
風呂場にためられた水の中に、彼女の頭を突っ込むのです。穴という穴から水が入り、彼女は手をばたつかせ悶絶します。
謝らなくちゃ
謝らなくちゃ
彼女の頭はそれでいっぱいになるも、水中から浮上したばかりの身体は息継ぎをするのに精一杯。
それでも絞り出せた
「ごめんな…」
またしても大きな手に頭蓋骨をつかまれ、水の中。
意識が混濁する中、幼いながらにもう戻ってこられないかもしれないと思う四歳児なのでした。

 最初の数ページで、言葉を失いました。
親が子どもに行う虐待…悲しいことに時折耳に入るニュースです。
ただし、これは子どもがそれによって命を奪われた事例の際の報道です。
久美子さんのように、命の危険にさらされながら生命を繋いでいたために報道されない事例は、たくさんあるのかもしれません。

我が子の痛みはそのまま親の痛み。
我が子の苦しみはそのまま親の苦しみ。
生まれたと同時に他者として存在する我が子ですが、身一つだったときの思いのままに我が子を感じることができる親もたくさんいます。
それが、普通、当たり前と言い切って良いか分かりませんが、特に母子を語るとき、このような情は“あるものだ”とされることが世の習わしです。

 しかし、そうならない事例は実際にあるのです。
それにしても、生まれてたった四年の幼き我が子を、親を慕い頼りにする我が子を究極の苦しみに追い詰めるとは…。


どんな母親だ?!
と誰もが思います。


その人は、元中学教師だったというのです。そして父親は小学校の教師。

ここは、本書のスタート地点。
不幸にしてこの母親のもとに生まれた菅野久美子さんの生き様が、語られてゆきます。

 私には、この母親の仕打ちが理解できません。
あなたそれでも人間か?!
と糾弾したいくらいです。

 しかし、読み進むうち、この家族の出来事を「あり得ない!」「ひどすぎる!」「なんでなの!?」と外側から指差し、あきれ返るだけでは済まないような気がしてきました。

私自身の体験や思いと重なる部分が、確かにあることに気づくのでした。

そのことを、きちんと書き切れるのかは分かりませんが、この本と巡り合ったからには書いて残しておかなければと思いました。
 

 連載形式になろうかと思いますが、飛び石公開、または途中断念もあるかと思います。ご了承下さいませ。




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