以下の内容はhttps://kyokoippoppo.hatenablog.com/より取得しました。


♫音楽・Automatic &光の色

 Hの新作動画の紹介記事です。
宇多田ヒカルさんの『Automatic』を、弦、ピアノ、フルートによる編曲作品に仕上げています。


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動画紹介の際、以前は手持ちの写真を抱き合わせて記事としていましたが、ここ最近は「色」をテーマにした文章を添えてお届けしています。
「色」について、ことさらな知識があるわけではないのです。
なので、そのとき思いついた色にまつわる思い出や、関連するささやかな知識を綴ってゆきます。

 本州では春本番の季節となり、桜開花の話題でにぎわっておりますね。
当地も雪解けが進み春はやって来ましたが、気温はまだ本州の冬並みという日もざらでございます。
最低気温がマイナス度になるのもまだ日常で、いまだ、一番花を目にしておりません。
黄色い福寿草が先か?ブロック塀沿いに咲くヒメオドリコソウが先か?

・・・で、こちらは黄色いミモザ。

北海道では自生できない花なので、庭先で見るようなことはありません。
写真に収めたミモザは、過日行われた学園卒業式の際、ステージに飾られた花の中に含まれていたものです。
式終了後、希望する職員で花を分け合い持ち帰りました。
ささやかな花束から、ミモザの葉先を少しカットしてマクロレンズにて写真に収めました。


 春といえば桜🌸が定番ではありますが、桜の開花が遅い当地では、まずは福寿草の黄色が春を告げてくれます。

これは北海道に限ったことではありませんね。
訪ねた先のブログ記事でも、菜花が、ブタナが、タンポポが…と、黄色い花の話題が繰り広げられています。

 そんな黄色について、シュタイナーの色彩論ではどのように捉えられているのか?
調べてみました。
色彩論について、深堀りするには私の知識が追いつきませんので、自分で受けとれる範囲内の内容のみを文章にしていきます。
ご了承下さいませ。


一部参考にしたのは、こちらのサイトです。

https://www.google.com/url?sa=t&source=web&rct=j&opi=89978449&url=https://note.com/matsu_ine_zu/n/n88b3e719ef82&ved=2ahUKEwif-_nt_b6TAxUGp1YBHW65JToQFnoECEcQAQ&sqi=2&usg=AOvVaw3Mq77Nv464_TLhNnFn2Z0h

 ルドルフ・シュタイナーの色彩論は、色を霊的存在の現れととらえ、四元素(火・空気/風・水・土)と深く関連付けています。

黄色は、空気と関連する色。
外側へ外側へと広がりを見せる能動的な精神とも結びついています。
光と最も近い存在であり、黄色い花は、光が物質化したものと捉えることができます。
光を求める昆虫(蜂や蝶)を呼び寄せる役目も果たします。

最後に綿毛となって風によって運ばれるタンポポは,黄色と四元素の「風」との関連性を如実に現していると言えましょう。

また、夏の花となりますが、天にある太陽の光を直接地上で体現しているとされるヒマワリ。
太陽を求めて動きを生じさせる神秘は、まるでふるさとを追い求める姿のようですね。


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2019.3/31の記事です。
3月最終日に春一番の花と出会っていますよ。
春の光にいち早く呼応し、小さな黄色い花びらを空へ向けて開く福寿草。
程なく対面できるのではないかしら?

 🌼  🌼  🌼
  卒業式の日に持ち帰った花束を、ドライフラワーにするために逆さに下げて乾燥させています。


Automaticの原曲も貼っておきましょう。
♫「七回目のベルで受話器を取った君」で始まる歌詞です。
1999年…携帯電話も普及していた頃ですが、この歌詞は印象深く人々の記憶に刻まれました。

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ありがたくいただく人生

 娘たち一家が、先週木曜日夜にやって来て、あれやこれやとバタバタと過ごした時間は矢のように過ぎ、日曜日・・・彼らはワタワタと去ってゆきました。
賑やかだった家の中がカランと静かになり、彼らが占めていた空間もカランと空いて、元の日常に戻ったわけですが、何故かその空間に淋しさの波が押し寄せるのです。
淋しい淋しいと思う間にも、心地よい疲労感も押し寄せてソファでうたた寝となりました。

 翌月曜日、続けて火曜日の勤務を終えたときは、彼らの滞在はきれいに過去のものとなり、記事に残す気持ちも薄れていました。
滞在中食卓に出したものの写真も残しておらず、書き残そうという意欲につながる素材も見つからなかったのです。

 しかし、娘は、私の「これ」に関する新着記事を心待ちにしていたようで、ラインにて
「楽しみにしていたのに!」
という思いを送ってよこしました。

ならば…と私は自分の気持をシフトチェンジしましたよ。
支援員として働く私は、学園児童と共に本日より春休み突入です。
ゆとりのある時間の中で、娘たち家族滞在最終日の出来事を振り返り綴りましょう。
家族内の備忘録としての記事となります。

 娘一家が来るとなれば、それはそれは大荷物でのご来訪となります。
人数分の着替え1式。
雪は解けつつあっても気温はいまだ冬、そこそこの容量となる衣類です。
乳児Aのおむつにおしりふき。
ワンコちいずのためのスチール製のゲージにお散歩用グッズ。
Kのランドセルに、やり残しの課題の画用紙数枚。(放課後迎えにゆきそのまま走ってきたのです。)
AやKのための薬やボディソープ。お菓子におもちゃ。
我々への土産も持ってきてくれました。
…つまり大荷物。

最終日には、その大荷物を仕舞いにかかるわけです。


 そんなバタバタな最終日、義母宅へ、さよならの挨拶にあがりました。
もちろん挨拶がメインです!
でもね、ばあちゃんちへ顔を出す際は、常にささやかな下心が潜んでいるのです。

それは、ばあちゃんのパチンコの戦利品である、洗濯用洗剤や箱ティッシュなどを分けてもらえるだろうという期待です。
いつもいつも持たせてくれますからね。

そんな気持ちも携えて尋ねたわけです。
で、期待通りに事が進み、洗剤を分けてもらえることとなりました。
しかし、ばあちゃんが裏玄関の置き場所へと歩を進めたその時に、心にふと別の思いが浮上したのでしょう。
「A!こんなの着るかい?」
と言いながら寝室へ入って行き、出してきたものは、ばあちゃんお手製の編み物作品でした。
首周りから編み始めたラグラン袖風の赤いセーター。
娘が袖を通したらなかなか可愛らしい。
すごく気に入ったかは定かではないものの娘は、「もらうもらう」と迷いを見せずに返答したのでした。
ばあちゃんは、誰ももらってくれないのではないかと思っていたお手製品を、孫のAが快く受け取ったことに喜びを感じたのでしょうね。
ならば!
という様子で再び寝室へ舞い戻ると、次に出してきたのは、大変上質のセットアップのお洋服なのでした。
何でもお金持ちのお知り合いからいただいたものらしく、処分できずに保管していたものだというのです。
おお!
素敵じゃん!
娘が声をあげました。
早速試着してみたら、彼女の体型にぴったりで、娘のムードは一気にセレブのママさん風に早変わり。

「これ、卒業式でもいけるわ!」
と大喜びです。
夫君のTさんも、
「めっちゃ似合う!」
とベタ褒めしてくれました。
するとばあちゃん、またまた寝室へ。
そして、今度は同じブラント製品の白い色合いのこれまたセットアップ。
おおお!これは入学式にいけそうな!
その後もばあちゃん、出すわ出すわ!
最後は、留袖をドレスに作り変えた一品までお目見えしました。
孔雀の羽模様のそれは、Tさんから最も高い評価を受けました。

すごいなばあちゃんち。
我が家からは、絶対に出てこないような素敵なものばかり。
「これに合うバッグ買わなくちゃね!」
と夫婦で言葉を交したところ、可愛らしいバッグまで放出されました。
いただいたそれらを大きなビニル袋に入れる娘と義母の様子を見ながら、私は、
「ああ〜洗剤もらってないよぉ」
とは思いましたよ。
でも、どうしてそれを口に出せましょう。
それは、娘も同様だったそうですよ。

 持ち帰る荷物をさらに増やし、我が家に帰宅。
Tさんは、せっせと荷物を車へと移動始めました。
手伝おうとしましたら、Aと最後の語らいしていてくださいと…。
なんと優しお気遣い。
ありがとうTさん。

 娘Aは、我が子のAに乳をやりながら、ふと私に問いかけました。
和室にある観音開きの押し入れには、いったい何が入っているのか?と…。

ここには、夫が着ないであろう上着や、親戚からのもらい物のスーツなどが入っていました。
これも、捨てられずとりあえずハンガーにかかったまま保存されていた衣類たちです。
その中の1枚を娘が気に入りました。
もらって良いか?
と聞くので
「いいよ、いいよ、夫も存在を忘れているようなものだ!」
と応えたのてす。
しかしね、ここでブレーキをかけた娘は賢明でした。
一応お父に聞いてみるよと言って、父親の部屋に顔を出し確認を取ったのでした。

夫の返事もイエス。
そして、それが次なる流れのきっかけになりました。
Tさんと夫の体格は違うものの、自分には大きいからと夫が上着を出してきて、袖を通したTさんが気に入って…。
そしたら夫は寝室へ舞い戻るや…

おや?デジャヴじやありませんこと?

そう、次々に手持ちのものを引っ張り出してきたのです。

 親戚からもらった高級毛皮のコートまで。
娘は、以前夫が買ったカラフルなスキーウェアに目を付けてそれを、オシャレオシャレ!と絶賛したらそれもいただけることに。

義母とその息子であるわが夫、思わぬ行動の共通項を目の当たりにいたしました。

我が家は少々服の始末ができましたし、娘たちは想定外のいただきものを抱えて帰ることとなりました。

持ち帰りの荷物が膨らんで大丈夫かい?
と心配しましたが、Tさんの車の後部は、ちいずを乗せて、山程の荷物を積み込んでもまだまだ余裕がありました。

いただけるものは何でももらう!と言って笑う娘です。
愛嬌は彼女の持つ長所です。
これをいかんなく発揮して、これからも楽しく豊かに生きていくのだろうなぁ。

 最後に写真。
可愛い可愛いA君のあんよです。ぷにぷにの足首!

孫のKは、最終日、我が家のちっこいワンコ、ブウタロウを優しく撫でてくれていました。

後記
 これを読んだ娘から、私の書き忘れの指摘が伝えられました。
義母宅から掘り出された最後の大物について。
何としたことか!
きれいに忘れていました。
それは、旅行用のキャリーバッグです。
Kの進級後、学校を休んで強行する数泊の旅行を控えている娘家族。
大きなキャリーバッグが必要だったのです。
義母に、あれば借りたいと伝えたところ、
「そんなものは無い」とのお返事。
しかし、夫は
「たしかある!俺のものを置かせてもらっているはずだ!」
と言いまして、言うやすぐに実家まで車を走らせました。
そして、持ち帰ったのがまさしく「大きなキャリーバッグ」!
何としても必要だったものを、帰宅直前に手に入れる事ができた娘たちでした。

氷の巨大オブジェ

 三連休を利用して、娘たち家族がやってきました。
いつもの4人に1匹です。
Kの放課後を待って札幌を出発。
夜、こちらに到着しました。

前回、18日の記事では、舞い戻ってきた流氷について紹介しています。
Kの夫君であるTさんは、道産子なれどまだ流氷を見たことがなく、機会があれば是非見てみたいとの思いを抱いていたそうなのです。
まるでその思いを叶えてやりましょうと言わんばかりの流氷のご来訪なのでした。

翌金曜日、早速向かいましたよ。
向かった先は三里浜。
サロマ湖とオホーツク海に挟まれた砂州の先端です。
去る2月12日に、私は流氷を期待してここまで車を走らせています。
車を停めて、さらに堤防に昇らなければ外海は見渡せません。
数段の階段をあがって見えた景色は、ひとかけらの氷も残さぬ濃紺色の海。
砂浜に乗り上げて残された氷だけを写真に残し、帰宅後ブログアップしたのでした。

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さて、昨日金曜日は、Tさん運転の大きな車に乗ってGO!
毛糸の帽子に手袋、我が家にあった長靴も持参で浜に向かいました。
車を停めて堤防に昇る。
どんな景色が現れるか?ワクワク!!



浜から少々離れてはいたものの、はるかかなたの沖まで、びっちりと氷で埋め尽くされておりました。

近づいてみましょう。
おおお!巨大な氷の塊が波打ち際にたくさん残されていましす。

海面とその近くの氷が、薄緑色に見えて美し。
水分と光によってもたらされる作用です。


平らな氷が別の氷の上にスライドして乗っかったようですね。
サンドイッチみたい。

氷の大きさは、人と対比させると伝わりそうだわ。

氷上にて記念写真。
ママも乗りたかったのですが、ベビーAを抱っこしていましたから、諦めました。
流氷に乗って沖に流され、救助要請されたという困ったさんの報道が先日ありましたが、この氷は砂浜に乗り上げた氷です。
漂流の心配はありませんよ。


こちらも、浜に乗り上げたものですが、氷下には寄せては返す波が見えています。


そこそこの防寒対策は施したものの、風は冷たく身体も冷えて指先も冷たくなってきます。
でもね、太陽の威力はすごいですね。
日の当たる砂浜に手を置けばホカホカと温かい。

ちいずは、雪の残る浜を走り回り、KはTさんと一緒に氷の山を渡り歩いたり、砂浜に寝そべったり、私と棒倒しもやりました。


波の作用で、出来上がった流木よ。

ぎょろりとした目玉にとんがりお口、不思議な形の生物みたいでしょ。
存分に自然に触れて、楽しい楽しい時間となりました。

春の紅白

 私の職場退勤は15:15分。
昨日もてくてく歩いて帰宅しました。
台所に立つまでの間、ソファに腰を下ろして一休みふた休み…。その時間もそろそろ終わり腰を上げようとした頃に夫が居間にやって来て
「太陽真っ赤っ赤だ。」
と教えてくれました。
外を見ると西日に照らされた家々の壁が明るく輝いていました。

ならば…と私は腰を上げました。
改めて上着を着る必要のない気温でしたので、スマホだけを手に持ち外へ飛び出しました。

住宅地の角まで歩みを進め、西の空に目を向けた途端、おおお!
大きくて真っ赤な太陽が目に入りました。


久しぶりの夕焼け写真を収めることができました。


 そして本日。
同じ退勤時間なれど、自宅とは逆方向に少々歩き、農協にてお買い物。
荷物を抱えて帰宅しました。

…で、ソファにおっちゃんこ。
そこに買い物(夜飲むための発泡酒)帰りの夫が部屋に入ってくるや、言いました。
「流氷戻ってきてる。」
なに!?

そうなんだ。
ウウム…そうかあ。

ブロガーたるものここで腰を上げなくてなんとする?!という心の声と、ちょいと面倒という声がいっときせめぎ合いました。


しかあし、私は立ち上がりましたよ。

「写真撮ってくる。」
と夫に伝えて、外へ。

前浜までGO!

沖まで氷でびっちりでした。

港では、春の漁のためにすでに船を降ろした船もちらほら。
その周りをやはり氷がびっちり取り囲んでいました。


海明けはしばらくお預けになりそうですね。


流氷の写真を撮り終えての帰り道、ちょっと寄り道。


河口付近の湧別川の風景を、橋の上からパチリと収めてから帰宅しました。


フレッシュな気持ちが萎まぬうちに投稿いたします。

春の雪、雪、降り続き…音楽と共に🎶

 しばらくぶりのブログアップとなります。
記事を書く意欲が湧かぬまま日が過ぎて、あれよあれよという間に3月も半ばとなりました。

 昨日の土曜日、「春の雪、雪、降り続く」
とのタイトルをスマホ(下書きはスマホ使用)に打ち込んだものの、先が続かず放置。
夜、Hの新作がアップされたとの通知が届いたことで、ようやく尻を叩かれるような状況となり、本日日曜日の朝、改めてスマホに向かっています。
Hの今作「escalate」は、アニメ『NieR:Automata Ver1.1a』のオープニングテーマの編曲だそうです・・。

アニメに関しては知識がほとんどないので、これ以上の情報は添えません。
ご了承下さいませ。
動画内での写真スライドは無し。
しかしながら私のストック写真もたまっておりません。
なので、このまま文字を並べていきます。
音楽聴きながらスクロールしていただければ幸いです。

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 今冬は、札幌周辺で異例のどか雪となり、彼の地で暮らす娘たちにとってはなかなかハードモードの季節だったのでしたが、オホーツク海沿いの当地では降雪が少なく難儀するような除雪作業のないままに春を迎えました。
道道は乾いたアスファルトとなり早々に露出し、路肩の雪も解けては排水口に流れ込み小さく萎んでゆきました。

が、が、が、そのまま春にならないのがお約束。
来ました!春の雪。
湿った重たい雪が、3日間降り続きました。
その中日が学園の卒業式でした。
そういえば昨年の卒業式も悪天候でしたよ。
昨年3/14出勤タイム時の写真です。


式服の上にがっちり防寒対策をして歩き出勤していた私の前を、これまた歩き登校していたいたS君の姿です。

 先日の卒業式の日も、湿った雪が終日降り止むことはありませんでした。
翌朝は、除雪車が寄せたシャーベット状の雪が、高さ40~50センチほどの壁となり自宅周りを囲みました。

しかしね!!
雪は予報通りに昼頃には止み、みるみる解けてゆきます。
朝のうちに除雪車が雪をよけた道路は、すぐさま黒いアスファルトが現れて、路肩の雪はゆるみ、水たまりとなりました。

こんな話題を書こうとして頓挫したのが土曜日のこと。
寝不足(金曜午後のコーヒー☕が作用した!)と除雪の疲れも影響したのでしょう。

…で夜、Hの新曲アップを知り明けて本日日曜日。
簡単な朝食とったらすぐにソファに座り、これを綴っておるのであります。

 音楽の紹介時の、お供の話題として「色」についてを書き添えることに決めています。
ささやかな色の思い出たちを・・。
ならば今日は、今朝方みた夢の景色を紹介しましょう。


目の前には美しい山の稜線が見えています。
背後の雲間から日が差して、斜めに進む光線が見事な色を映し出しました。
青や赤やとても鮮やかな光の色を写真に残そうとスマホを向けた私。

そんな夢。

色付きの夢は印象に強く残りますね。
「はてな」のお絵かき機能による不十分な仕上がりですが…ご覧下さいませ。


 来週末の連休には、娘たち一家がやってきます。
準備をぼちぼち進めていきましょう。

音楽だよ🎶『甘き死よ、来たれ』

 Hの新作がアップされました。

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映画『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』の挿入歌、『甘き死よ、来たれ』です。

Komm, süsser Todはドイツ語です。
バッハによる、同じタイトルの曲が存在しますが、挿入歌との共通点はタイトルのみです。


 さて、今回のHの動画は静止画が1枚貼られただけ。
なあんだ。
となればスクロールのお供として我がストック写真をお見せする従来通りの仕様に戻してお届けしても良いのでしょうが、前記事では「色」についてをテーマに書いてゆくという宣言もしております。

なので、今回はそちらで…。
と言いつつも、特別に温めていた話題も無いのです。
色の波長であるとか、花の色の仕組みとか、補色についてとか、科学的に掘り進むことも有りですし、スピリチュアル的な要素で色を語ることも可能です。

でも、今の私は、そこへ向かう気持が何故か全く湧きません。

あの話題、この話題?と考えを巡らしている間にも、脳裏に現れるのは、幼い日に見た色の体験です。

おそらく5〜6歳頃に見たもの。
木造平屋のおうち。
母の実家が材木屋だったため、建てることのできた小さなマイホームなのでした。
掃き出し窓の外側には、雨戸があり、朝に夕に木製の板戸をスライドさせて、戸袋出し入れするのです。

雨戸の建てられた部屋はまだ暗く、それでも私はせんべい布団で目を覚ましていました。
外は既に明けていて、光が板戸の隙間から差し込んでいました。
それが、虹色になって板の一角を染めていました。
そこだけが、淡い色のステンドグラスのように美しく、それをじっと見ていました。

たったそれだけのこと。
けれども私の最も古い色の記憶なのです。
今となっては幻だったようにも思える色の記憶。



 AIというものが、注文に合わせた画像を作るということは知っておりましたが、どうだろね?
試してみようかね?
とクリックを重ねて見ました。

…が、当たり前ながら私の見たものとは違うわけで…
はい!没にしました。
代わりにこいつをポチッとな!


朝日の差し込む東側の部屋。
その壁に虹色の線がくっきりと。
写真に収めたものの、今となっては、何が作用してこのような現象を生み出したのか?
記憶を残していませんのよ。


原曲もこちらに貼っておきましょう。

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痛いところから見えるもの…②

 

 こちらの本に関する記事の2回目です。
前記事では、著者の頭木弘樹さんが、見舞いに訪れた知り合いと痛みを分かち合えた感慨から思わず涙を流したという話を紹介しました。
痛い体験は、肉体的に苦しいことに加え、誰とも分かち合えない孤独感をも味あわされます。
 ですから、さほど親しい間柄ではなかったにも関わらず、目の前の男性が見せた共感の涙によって頭木氏の感情も一気に噴き出したというエピソードでした。

病者の痛みを他者が共感することは、ほとんど不可能なことと言ってもよく、これはもう仕方のないことなのです。
世間並みの優しさや親切心を持っている人が病人を見舞ったとしても、当たり障りのない慰めや励ましを伝えることしかできません。
それで良いしそれで十分なのだろうと思います。


 ただね、中にはデリカシーの欠落している見舞客もいるもので、そんな見舞客と患者のやり取りを頭木氏は見ることになりました。

本書中の「痛みとマッチョイズム」の章の中にその箇所があります。

 とある男が病室の男性を訪れる。
「どうだ?調子は?」
などと声をかけ、病人が痛みについて語るのを聞いていましたが、その会話の途中で、やおら小学生の息子と釣りに行った話を始めたのです。
なんでも、父親の竿の釣り針が息子の顔に引っかかってしまうアクシデントに見舞われたというのです。
返しのついた針は、素人か取り除くことは難しく病院で処置してもらうことになりました。

その際、その息子さんは、針を取り除きその後何針か縫う処置の間全く泣き言を発しなかったというのです。
その日に焼けた男は、自分の息子を「立派な男だ」「えらい奴」だと何度も繰り返しました。

 ベッドのおじさんも、「さすがあなたの息子さんだけあるねえ」などとほめていた。
しかしこれはあきらかに、痛い痛いと泣き言を言うな、おまえはおれの小学生の息子より情けないぞというメッセージであった。おじさんもそれを感じただろう。

いやあ、実に嫌な見舞い客ですわ!
  
私は頭木氏が、その男を「日に焼けた男」と表現していることに目が向きました。
その表現に何らかの意図があったか否かはわかりません。単にその男の容貌の事実を書いたに過ぎないのかもしれません。

しかし、この6文字の中に、病室に閉じ込められて、社会的な活動を休止せざるを得ない病者、アウトドア的な活動から最も遠い存在である病者と、外で闊達な活動ができる健康体の男との対比が滲み出ているように感じたのでした。

 さて、頭木氏ご自身の体験に話を戻しましょう。
氏の病気体験のスタートは、大学3年生の時に発症した潰瘍性大腸炎です。

私が20歳でなった難病、潰瘍性大腸炎は、いわば「出すぎる」病気だった。

今まさにの下痢をしている当時の頭木氏にとって、出なくなる苦しみがあることは未知のものであり、またその苦しみを想像することはできませんでした。
ところが、手術後15年後に突然腸閉塞を経験することになります。
開腹手術を受けた人がその後、癒着性腸閉塞を発症することがあると聞いてはいたものの、15年後になるとは思いもよらぬことでした。
この症状は、持病として氏の生活に貼り付いてしまい、それからというもの頭木さんは、腸が発するサインを常に意識し、気をつけて暮らすことになります。
悪いことに、腸閉塞の痛みは大変強いものらしい。
「3大激痛」と呼ばれる痛みは、心筋梗塞、尿路結石、群発頭痛なのだそうですが、腸閉塞を4つ目に選ぶ人もいるようです。

さらには、有効な予防策はないらしいのです。
もちろん、食生活はある程度の制限をかけて暮らすことになりますが、詰まるときは水を飲んだだけで詰まるというのです。

頭木さんにとって比較的有効だった対策は、身体が予兆を感じたらいっさい何も食べず、飲まず…一滴も!ひたすら歩くというものでした。
同病の方から得た情報でした。
頭木さんは、外を歩いたり、部屋で踏み台昇降運動をすることで何とか腸閉塞を回避しようと努めます。
夜中であれ、病が近づく予兆を感じたら踏み台昇降。
1時間やってもダメなら少し休みまた行う。
痛みから逃れたい一心の行いなのでした。

 そのような予防策で外を歩いていた時のエピソードがとてもとてもしみました。
行き交う人々は、たいていそれぞれの行き先を持っています。
一方頭木氏に行き先はありません。
ただ腸を通すためだけに歩いているのですから・・・。
痛みから逃れようと歩き続ける頭木氏の逼迫感は誰一人にも伝わりません。
そして頭木氏自身も、行き交う人々の中に潜んでいるかもしれない、苦しみやせつなさに気づくことはできないのです。
 

 ため息も白く見える冬のある日、歩行中の頭木氏は道路工事をしているところに出くわしました。
そしてその現場が発するすごい騒音に胸を打たれるのです。

たくましい人たちがもくもくと、削り、叩き、掘っている。
 しかも価値ある行為だ。私の行き先のない歩行とはまるで違う。
カフカが日記に書いていた、こんな言葉を思い出した。

夕べの散歩のとき、
往来のどんなちょっとした騒音も、
自分に向けられたどんな視線も、
ショーケースの中のどんな写真も、
すべてぼくより重要なものに思われた。
『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ』  拙訳 草思社文庫

この言葉が、いっそう身にしみた。

 
ありふれた風景が見る人心の中に持ち込まれ、何らかの作用をもたらす様が描写されており私の心にもしみたのでした。
 痛みは人を孤独にします。
痛みという檻の中に閉じ込められて、人との交流もままならず、社会的活動からも遠ざけられてしまいます。

それでも頭木氏は、その苦しみや悲哀について文章にし価値ある著作物として世に出しました。

身体的な様々な痛みや苦痛、さらには心の痛みについての興味深いエピソードがたくさん盛り込まれた1冊でした。




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