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無題

 ここ数日、想田和弘監督の映画『選挙』について思い出していた。2005年の市議選を取材したドキュメンタリーである。選挙カー、街頭演説、名前の連呼...このすべてが日本独自の活動方法であり、聞こえのよいスローガンと見栄えのよいスーツの着こなし、礼儀正しい振る舞い...で票を集める候補者の姿が映し出される。20年前の選挙の様子なのでやり方は古い。が、そのほとんどは変わっておらず、20年経って変わったのはSNSが新たに加わったことだろうか。

 繰り返す必要はないかも知れないが、2010年くらいのSNSは牧歌的だった。Facebookはまだ使っている人が少なく、初期は自分の居場所を数行で呟くtwitterとなんら変わらない媒体で広告もなかった。twitterも2015年くらいまではまだ映画や本や日常のひきこもごもが垂れ流されるカルチャー媒体だった。

 イーロンがtwitterを買収しXになり、アルゴリズムがいじられ、他人のいいね欄が見られなくなり、誰がリツイートしているか閲覧不可になった。課金をしないと、興味のない不快な広告が大量に流れてくる。アルゴリズムが改変される前は、引用リツイートの面白いコメントを読めたり、賛否両論の解釈を目にできたが、今は読めない。SNSはエコチェンバー的な界隈を生み出す装置になっている。

 もはや、インフラとも言えるほど影響力を持ったSNS媒体であったとしても、「いち民間企業のアルゴリズムが違法である」と判断されたことは(おそらく)ない。誰でも、アルゴリズムをハックしさえすれば、支持層の大衆を巻き込むことが可能になる。それが、アメリカの選挙でも証明され、今回、日本でも証明された。

 正直、SNSが選挙に利用されることは反対ではないが、まわりがどんどん選挙の話一色になっていく様子には息苦しさを感じた。これは、大人としてどうなんか?と言われたらそこまでなのだが、牧歌的でサークル活動の場として利用していたSNSが、とうとう政治の主戦場になってしまった。政治の話をしたくないというのではなく、「ああ、もし有事になったら日常的な趣味の話はなくなり、こんな感じで扇動され、話題が一つになり日常が奪われるのか...」と想像した。

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 今回、悩んで投票したが、ある候補者のAの政策は推せるけど、Bの政策は推せない...となる場合、非常に難しい。有権者がそう感じるくらいだから、政党の内側にいる候補者も所属している政党に賛同する点と賛同できない点を抱えながら活動しているだろうし、一線を越えたら今後、離脱もありえるのだろう。

 なんにせよ、投票した政治家や政党がどうなっていくのか見守りたい。そして、とにかく安定した政治を行ってほしいと願っている。そうでないと、私たち一般人の生活基盤が不安定になる。大躍進した政党については、支持者層に会うこともあり会話は難しいと感じる。残念だが、彼らに差別をしている感覚はないので、差別はダメだと言っても通じない。中間層を経済的に豊かにしなければ、排外的な動きは止まらないだろうし、この動きは、ここ何十年かで開いてきた貧富の差への反応だと受け止めている。どうすればいいのか考えたいが、根は深い。

 




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