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枕草子に見える清少納言の矜恃

「春はあけぼの~」
 
多分中学とか高校の時に古文の教科書で見たことがあると思う「枕草子」。
 
徒然日記とか源氏物語とごっちゃになって、作者も清少納言だっけ?紫式部だっけ?
兼好法師だっけ?みたいに
うろ覚えだと思います。
 
中身はまぁ簡単に説明すると、平安時代の女性(清少納言)の思ったこと、体験したこと、仕えていた定子の自慢、そして自分の学をひけらかしたエッセイなんです。
 
なんですが。
 
最近というかここ何年か脚光を浴びてて(1000年前から今も読まれてるんだからずっと脚光を浴びてるわけだけど)、現代語訳の本とか、ギャル語で超訳した本なんかが量産されてます。
 
試しに読んでみたらハマってしまって電子書籍で全文書いてあるやつも購入してしまいました。

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あ、違うのも出てきた。
 
ヒカルの碁にハマって趣味で囲碁を……
 
という話はさておき、下巻の巻末に清少納言の時代近辺の年表がついてるんですが、清少納言とそれを取り巻く環境が壮絶でとても僕一人で抱え込めないと思ったので筆を取った次第です。
 

 

枕草子で繰り広げられる定子様age 

西暦996年頃から執筆が始まったとされる枕草子
 
「春は夜明けが気持ちいい」
「一緒に寝た男が朝にバタバタ身支度すると萎えるわ」
「坊さんの説法は坊主がイケメンだからこそ聞き甲斐があるってもんよ」
 
など、およそ1000年前に書かれたものとは思えない、というかそれだけ人間が進歩していないのか、とにかく現代でも共感を覚えるエッセイ集です。
 
作者は清少納言
 
27歳で一条天皇の后、藤原定子の家庭教師として宮仕えすることになる女性です。
 
エッセイの中身は世の中の事を独自の視点、感性で記した章段と、当時の清少納言の周りで起きたことを書いている日記的な章段があります。
 
この日記がもう清少納言の気持ちが爆発してるんですよね。
 
仕える事になった藤原定子様が可愛い!ヤバイ!
 
定子のお兄さんの伊周様もカッコいい!
二人で一緒に縁側に座ってしかも会話は博識で(しかもその会話の内容を理解できる私もすごくて)マジで2次元に入り込んだみたいだわ(ニチャア)
 
やっば!天皇陛下と定子様のいちゃラブ!
こんな目の前で拝見させてもらってよろしいのですか!?ありがとうございますありがとうございます!!
 
うわああああ!宮仕え万歳!!
 
と要約するとこんな感じでとにかく清少納言の興奮と恍惚が伝わってくる話が満載です。
 
推しのアイドルのツイキャスでコメントを拾ってもらえた感動と同等だと思います。
 
 
こんな惜しげもなく絶頂を見せつける作者なんて清々しくて興味持っちゃいますよね。
 
だから清少納言の半生と当時の歴史を調べたんです。
 
そしたら驚愕の事実が分かりました。
 

清少納言、超絶懐古厨だった。

清少納言は西暦993年の冬頃に、中宮定子の家庭教師として宮中に招かれます。
 
当時清少納言は27歳。都でそれとなく学問に精通している女性として噂になっていたみたいです。
 
初めての宮仕えも
「むっちゃ緊張して顔も上げれんしなんも喋れんかったわ。
でも定子様の声すっごい可愛いし、すだれからチラ見した手とかやっばムホホ
 
しょっぱなから変態を滲ませます。
 
当時、都で一番の権力者は藤原道隆という定子のお父さん。
 
そして定子は天皇の后。
 
この時代は平安京が世界の中心で、その世界のトップの家庭に入り込む。
 
今の時代で例えるなら……アメリカ?
 
トランプの奥さんのメラニア・トランプの秘書兼、唯一無二の親友?
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イメージが湧きやすいようにイヴァンカ・トランプに置き換えます。
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イヴァンカの秘書になって、世界中から
「イヴァンカの秘書がすごいらしい」
って噂になってまとめ記事とかウィキペディアまで作られるような感覚。
 
……うーん、例えがいまいちだな。
 
とにかく、推しの定子からも
清少納言はね、私の一番の理解者なの!」
とか言われてた。
 
一介の下級貴族の娘が異世界転生して殿上人ハーレムを謳歌してる感じ。
 
 
 
……だったんですが、でもそんなのは枕草子を執筆する前の昔の話だったんです。
 
そんな絶頂を繰り返して頭お花畑だったのは宮仕えからせいぜい1~2年しか続いていません。
 
993年冬に宮仕えを始めたんですが、定子の父親で都で一番の権力者だった藤原道隆が酒の飲み過ぎで995年5月に亡くなると、一気に雲行きが怪しくなります。
 
道隆の息子、定子の兄でイケメンだった藤原伊周と、後に藤原氏のトップになって歴史のテストでもよく出てくる藤原道長が権力争いをします。
 
そして伊周は負けてしまい太宰府に左遷。定子は髪を切って出家。さらには定子の実家が火事で消失。
清少納言藤原道長のスパイという噂を立てられ失意の内に休職して自宅にこもる。
 
こんなことが996年に起こっています。
 
そう。伏線回収ですが枕草子の執筆が開始されたのがこの996年頃から。
 
ただひたすらに不幸のどん底の時期に書き始めているのです。
 
そして定子も清少納言も後に都に戻って来ますが、後ろだても無くなり、天皇の后には藤原道長の娘をあてがわれて、復帰後もかつての栄華は見る影もない状態でした。
 
現実世界ではこの世の不幸をすべて背負ったような清少納言ですが、枕草子の中で昔を懐かしみ、強烈にはっちゃけている。
 
そこにえもいわれぬ魅力を感じました。
 

武士は食わねど高楊枝理論

「武士は食わねど高楊枝」
 
武士というのはいくら貧しくて食べ物が無くても食べたふりをして楊枝を使うということわざです。
 
簡単に言うとやせ我慢です。
 
枕草子には武士道が宿っているんですね。決して弱味を見せず、ただ華やいだ世界を墨に残す。
 
単なる妄想ではありません。武士の精神です。だから現代でも輝いているんです。
 
その精神が認められるのは、新渡戸稲造の著書「武士道」によって世界に評価されることが実証されたことからもわかります。
 
1000年前のブログのような内容が現代でも評価されるのはその「武士は食わねど高楊枝」を全身全霊をもって体現しているからなんですね。
 
歴史では落ちぶれていく定子の身の回りが見てとれる。
 
でも常にそばにいた清少納言は一切泣き言を書かない。
 
二人の死後に残っているのは2人の見ていた華やかな世界と楽しかった日々……
 
素晴らしいと思いませんか?
 
だからね、これに気付いてからの僕のブログを読み返した時のなんと恥ずかしいこと。
 
「女の子に期待したけどうまくいかなかったよ~」
 「世の中の雑学をまじえて女の子とのやり取りを失敗した話を漫画にしたよ~」
 
……クソが!
 
今まで書いた記事の8割が自虐ぞ!
 
紫式部日記が全然人気が無いのは、その中で
 
清少納言は間違った知識をひけらかして自慢気になってる痛い女」
 
ってひがみ全開のリプが晒されたせいだと思うんです。武士道の欠片もない。
 
誰かを傷つけるのは良くない。
自虐ネタというものも結局は自分を傷つけてるんですよね。
 
今回のM-1でも誰も傷つかないネタのぺこぱやミルクボーイが評価されて、決勝に残らなかったすゑひろがりずも絶賛されてます。
 
何かを貶めて取れた人気は1000年続くことは無いんだなと思いました。
 
 
 
 
ということでね。自虐みたいなのは今後封印しようと思います。
 
男たるもの気丈にふるまって肩で風を切らなきゃいけないんです。
 
その方がね、もし弱味を見せたときに「私にだけ本心を打ち明けてくれてる」って思わせることもできるし……ね?
 
↑こういうところやぞ。
ということで話が散らかってきたようなので終わり



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