計算機は 1 台しか与えず,紙に印刷してきたライブラリを写経させる.初めて ICPC の存在を知ったとき,なんと前時代的で面倒臭いコンテストなのだろうと思った.
私は大学 1 年の 4 月に競技プログラミングの存在を AtCoder から知った.ICPC には SPJ という同一のチームで,メンバーを変更することなく学部 1 年から修士 1 年までの 5 年間参加し続けた.メンバーの 2 人とはもう 5 年近くの付き合いということになる.チームの Discord には競技プログラミングのことだけでなく,受けている授業や進路,趣味のことなど雑多なことをいつも書き込み合っていた.何度か 3 人で遊びにも行き,お互いの性格や特徴についても理解するところが増えた.
学部 4 年くらいの頃から,特に学科が違う nok0 とは関わる機会が減っていた.練習も都合が合わなくて思うようにできなくなった.3 人とも B2/B3 のときほどの ICPC に対する情熱を失ってきたところでラストイヤーが来てしまった.さすがに国内予選は経験の差が生きて貫禄勝ちできたが,結局 World Final に行けるほどのチームの力を育てることができないまま横浜で 5 年間のチャンスは終わってしまった.おそらくチームワークという点ではこれ以上伸ばしようがないので,あとは各個人の地力がもっと必要だったのだと思う.もっと自分が情熱を持って競プロに取り組んでいたら,と後悔したりもする.
ICPC は変なコンテストであり,ずっとその形式について文句を言ったりもしていたのだが,それでも常に自分の大学生活の意識の中心にあったことは間違いないと思う.私の同期 (2001-2002 生まれ) は東大のプレイヤーが極端に少ないのだが,その中でチームメイトの 2 人に出会えて,近い実力のまま 5 年間やり通せたのは本当に良かったと思っている.2 人とも,本当にありがとう.この経験が将来直接自分の人生に役立つかはよく分からないが,確かに私の思い出として心の中に残り続けるだろう.ここまで一つの競技に本気で熱中したのは将棋,天鳳に続いて 3 つ目だ.
ICPC 戦績
過去の戦歴語り.普段だったら誰も聞いちゃくれないんだけど最後なんでここでやります.5 年やってきた特権ってことで,一番気持ちいいやつ,やらせてください.
2020 (B1)
- 国内: 23 位
(記事の口調や内容から若さを感じる.この頃は競プロが楽しくって仕方なかったんだろうな)
- 横浜: -
初参加.このときはまだ某感染症の影響で完全オンラインで,3 人ともお互いの顔も知らずに通話でやっていた.このときはライブラリもネット検索も同時実装もありだった気がするので時代を感じる.
国内で ABCEF を解いた.今見ると E や F より明らかに簡単な D が最後までできなかった.それさえ通っていれば横浜進出だったので初回にしては惜しい結果だった.
2021 (B2)
- 国内: 11 位 kumakumatime.hateblo.jp
(記事から哀愁が感じられる)
- 横浜: -
トラウマ回.この記事を見返す度に今でも胸がギュッとする.C 問題の全方位木 DP の実装が遅れたり,D で 2 ペナを払ったりしたせいで 10 位と 10 分差で敗北.ICPC のペナの重さを身をもって思い知った.この回からチームの協力態勢について意識改革を行うようになった.
2022 (B3)
国内: 8 位 kumakumatime.hateblo.jp
横浜: 17 位
まず序盤でリードを奪い,その後腰を据えて正しく後半の問題を実装する.国内予選での最強の方針に気付いた回.通過の瞬間は嬉しすぎて天にも昇る気持ちだった.横浜では経験の少なさが出てしまって惨敗.自身の不甲斐なさを感じたまま終わった.
2023 (B4)
国内: 3 位 kumakumatime.hateblo.jp
横浜: 5 位 kumakumatime.hateblo.jp
国内も横浜もかなりうまく行った.両方で DELIAIR に勝てたのが嬉しい.ラズキャンには横浜で借りを返されてしまったが.
2024 (M1)
国内: 2 位 kumakumatime.hateblo.jp
横浜: 5 位 kumakumatime.hateblo.jp
今回.国内予選は少しヒヤリとしたが概ね OK.企業賞の叙々苑がおいしかった.横浜ではせめて去年より良い順位を取りたかったな.
ICPC 雑感
ICPC について色々思っていることにを脈絡もなく書いていく.
ルールの面白さ
まず思うのは,競プロのチーム戦そのものがとても面白いということ.3 人で相談ありというこの形式を考えた人は本当にすごいと思う.さらに ICPC ルールは利用できる環境に強い制限があり,これがまた面白い.当初このルールには不満もあったのだが,やっていくうちにこの制限こそが独特の戦略性を生み出していて面白いと考えるようになった.1 台しかない計算機を何に用いるのかの判断をするにはチーム間での意思疎通が頻繁に必要になってくるため,各自で問題を解くだけではない,チーム競技としての面白さがあると思う.チームでの連携がうまく取れないうちはこのルールは不自由でつまらないと思うかもしれない.
国内予選の謎システム
細かい話になるが,国内予選で頑なにオンラインジャッジを使わないのはなぜなのだろうか.実行環境の差で有利不利が生まれて良くないと思うのだが…サーバーのアクセス負荷とかが問題になっていたりするのだろうか.
JAG と ICPC ジャッジチーム
ボランティアかそれに近い組織なのにあの問題を用意するのはすごい.
東大の環境
最近は東大の下の世代が全然育たないなーということをよく思っている.東大の層は年々薄くなっており,今年の国内予選では 10 位以内に我々のチームしか入っておらず,正直大丈夫かと思った.中高時代に OI で活躍していた人が大学以降で競プロから離れる例もよく見かける.東大内で競プロをする集まりがないせいか,周りでチームメイトが見つけられずにやめた人も知っている.他大学のようにサークルなどが存在していたほうが育成の観点では良いのかもしれない.来年は我々と双子がいなくなるわけだが…東大内でどこが覇権を握るのか全く予想がつかない.
競プロの今後
競プロというコンテンツ自体がいつまで続くのだろうと考えることも多い.生成 AI が AGC を解けるようになるのは当分先だろうとは思いつつも,ABC や ARC Div. 2 の前半部分を簡単に解いてしまう存在ができるというのは界隈にとって良いことなのだろうか?これまで人間が思考を介さずとも使える全探索などの基本的なアルゴリズムの範囲が広がって,様々なテクニックを駆使する高度な問題が増えたら,それは本当に面白い変化だと思うけど.そんな難しい問題って簡単に作れないからねえ.
またヒューリスティックばかりが人気になってアルゴの形式が廃れるのではという心配もある.ヒューリスティック部門の方が業務との親和性が大きいことはなんとなく想像できるし,実際 AHC のスポンサーの付き方などを見てもそうなのだろうと思っているが,それでも自分は美しい正解のあるアルゴ部門のほうが好きだし,簡単になくなって欲しくないという気持ちがある.存続のために自分に何ができるのかというと難しいが,また AtCoder に問題を提供したり,UTPC を開いたりすることくらいだろうか.
今後競プロ (のアルゴ部門) が廃れたとして,今まで自分がやっていたことはどのように解釈されるのだろうか,ということを時々ふっと思う.今でさえ競プロやってますって人に説明するの大変なのにね.
ICPC も終わったし,これからは競プロへの向き合い方がもっとのんびりしたものになると思う.遅い時間のコドフォとかに出たりはもうしないだろう.AtCoder は赤になるか,それを諦めるまでは続けるつもり.競プロに続く,次に熱中できるゲームもそのうち見つけられたらいいな.
これからも,また Writer とかで見かけることがあるかもしれませんが,そのときはよろしくお願いします.