私と同じ部署に所属するティム(仮名)が会社を辞めるとのこと。私はFP&Aという主に売上と経費の管理をする部署に所属するので、年度末のこの時期は最も忙しい。そんな超忙しい時期に、主力のティムがいなくなるのはかなりきつい。しかも、辞めるのは1週間後だという。アメリカの場合は退職は通知してから2-3週間というのが普通なので、相当短い。
いくつかの会議で、ティムと一緒になったが、彼は少し申し訳なさそうな雰囲気をだしていた。が、同僚の中で彼の引継ぎ期間の短さやこの時期に退職することに不平を述べるものは一人もいない。内心思っているけど口に出さないという人も少しはいるかもしれないが、それよりも「この労働市場が冷え込んでいる状況で、よりよいポジションを見つけるなんて、すげーやつだ、頑張れ!」と思っている人が大半だと思う。
「会社や同僚に迷惑をかけたくない」という話を日本ではよく聞く。それは日本人らしい「思いやりの精神」だし、日本的雇用慣行の良いところではある。一方で、アメリカでは会社都合のリストラというのは、よくある話で、「最後は会社は自分のことを守ってくれない」ので、全幅の信頼をおけないという世知辛さはある。
ただし、そういう環境で働く者同士の目に見えない連帯感は同僚同士では非常に強く、「誰かの顔色や制度の都合に振り回されず、自分の意志でキャリアを選べる自由を大事にしよう」という文化が職場に醸成されている。
これは、すごく心強い。アメリカでキャリアの選択をする際に、この「自由に選択を重ねる」ことへの同士たちからの前向きな後押しや応援はいつも大きな助けとなったきた。これはこれで「いつクビを切られるかわからない」という世知辛さを凌駕する「温かさ」なのだ。
今読んでいる、斎藤ジン氏の『世界秩序が変わるとき 新自由主義からのゲームチェンジ』に、アメリカ人の人生の自己選択について下記のように書いてあって、この空気感をよくすくっている。
アメリカにおける個人の選択のイメージをザックリいうと、「あなたの好きなように生きてみなよ、どの道、社会が責任を取ってくれるもんじゃないし」となります。
『世界秩序が変わるとき 新自由主義からのゲームチェンジ』
日本では最近若者の転職率が上昇しているという話はよく聞く。それを単なる自己都合の追求と捉えるのではなく、若者が自分のキャリアと人生を主体的に選びとる自由が広がってきた、と前向きに大人がとらえてあげると良いと思う。周囲にある程度心配りをしつつも、自分の選択を信じて進む若者が増えれば、それは日本独自の強みになるんじゃないかと思う。