以下の内容はhttps://ksg2999.com/archives/20813505.htmlより取得しました。


コメント

 コメント一覧 (5)

    • 1. Kama
    • 2019年11月14日 06:47
    • 4 山に入る人により、写真撮影やリラックスは本質的な理由になり得ます。それは、このブログ筆者の「登山」の定義から外れるのかもしれませんが。
      効率一辺倒の日常から離れて、効率とは関係なく、自分の思うように山で行動する。たとえ単独が非効率だったり、遭難のリスクが高くなったりしたとしても、各人が納得してヤってりゃそれでいいのかなと。
    • 2. じょあ じょあ
    • 2019年11月14日 07:53
    • >>Kama さん
      コメントありがとうございます。
      僕の書き方が悪かったので誤解を与えてしまったようです。申し訳ありません。

      ここでは「山に入る理由」としての写真やリラックスについて書いているのではなく、本質的な「目的」としてまず何が優先されるのか?ということを書いたつもりです。

      ここでいう「本質的」とは最も大事なこと、前提条件のようなものです。まずその捉え方に違いがあったようで、説明不足でした。

      僕は「本質的」目的は「生きて帰ること」だと思っています。理由としては「写真撮影」で山に入っても、本質的な「目的」としては「命を守ること」が最優先であり、写真はその次だというということです。

      誤解を与えてしまいすみません。ここに補足しておきます。
    • 3. じょあ じょあ
    • 2019年11月14日 08:03
    • >>Kama さん
      さらに補足させていただくと、僕は単独は否定していません。効率性を求めて=生存可能性を高めるために単独のほうがいいこともあると思うからです。

      単独のみならず、あらゆる登山スタイルも僕は否定しません。このブログに書いたことは僕はこうしているという僕のスタイルの表明です。参考にしたい人はすればいいし、そうでない人はしなくていいのです。他人に対して「こうあるべきだからこうしろ」というメッセージではありません。

      だから各人が納得してやっていれば、それに対して何も言うことはありません。
    • 4. Kama
    • 2019年11月14日 09:26
    • 5 「気疲れするから(or 気疲れしそうやから)単独登山している人らに対して、グループ登山やパーティ登山には こうゆうメリットがあるんやでぇ」ってゆう記事ですよね。こちらこそ、この記事の本質的ではない些末なところにツッコんでしもて すみません。

      ワークマンのインプレ含め 今後の記事を楽しみにしております。
    • 5. じょあ じょあ
    • 2019年11月14日 09:53
    • >>Kama さん
      記事の趣旨はまさにその通りなんです。ご理解いただき光栄です。

      僕も単独を否定するつもりは無いんですが、比較するとどうしても優劣のようになってしまい、自信の文章表現のいたらなさを反省しております。

      突っ込みも大歓迎です。些細なものでも、僕が見逃したり、甘い表現をしてしまった部分を考え直すよい機会となりますので…。

      ワークマンのインプレ含め、今後とも見守って下されば幸甚でございます…。

↑このページのトップヘ




以上の内容はhttps://ksg2999.com/archives/20813505.htmlより取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14