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現実をみつめる政治哲学(リサ・ヘルツォーク&ベルナルド・ザッカ「政治理論におけるフィールドワーク」)

 今回紹介するのは、Lisa Herzog & Bernardo Zacka "Fieldwork in Political Theory: Five Arguments for an Ethnographic Sensibility"という論文。著者のリサ・ヘルツォークとベルナルド・ザッカは、政治哲学者・政治理論家*1でありながら、自身でフィールドワークを実践し、それを規範理論へと繋げている研究者である。そんな2人が、規範的政治理論においてエスノグラフィー的感受性(ethnographic sensibility)がどんな貢献をなすのかまとめたサーヴェイ的な論文がこれだ。知らない研究がたくさん出てきたので上手くまとめられているかは分からないが、気になる人はぜひ原文や紹介されている研究を直接読んでみてほしい。

 なお、ザッカが自身の研究を紹介しているインタビューはこちら。

kozakashiku.hatenablog.com

 

イントロ

  • ロールズ以降の政治哲学は「理想理論」の枠組みで展開してきた。これは現在、非理想理論やリアリズムの立場によって、現実から乖離しすぎだと批判されている。
  • 本稿では、エスノグラフィー的感受性を持ち、広い意味での「エスノグラフィー」を参照することで、政治哲学者は従来より優れたアプローチをとれると主張する。
    • エスノグラフィー的感受性には、人がどんな行動をとっているかという「記述」の側面だけでなく、人がなぜその行動をとっているのかという「解釈」の側面も含まれる。
    • ここで「エスノグラフィー的感受性」という語を使っているのは、人類学者が行うような長期的なフィールドワークだけでなく、インタビュー調査や、調査対象となる人々が生み出したテクストの読解、他の研究者のエスノグラフィーの参照、なども含めたいから。

 

政治理論におけるエスノグラフィー的感受性

  • 本稿では、エスノグラフィー的感受性が「規範的」政治理論にも貢献できるということを主張する。
  • エスノグラフィー的感受性を持つとはまず何よりも、「規範的なもの」(何が正しいか、何が適切か)に関する思考や実践が日常生活にありふれていると認め、そうした日常的な思考・実践から多くのことを学べる、と考えることだ。
    • そのため、「規範的なもの」を扱うのは哲学者の特権だ、という考えを捨てる必要がある。

既存の研究

  • 規範的政治理論は既にエスノグラフィー的感受性を持っており、そこにおいて実際にエスノグラフィーやフィールドワークを参照する必要はない、という議論もある。だが細かく見ていくとそうは言えなくなる。
    • 例えばマイケル・ウォルツァーは、今ある場所から始める道徳哲学の方法として「解釈」の方法を提示している。またミシェル・ムーディ=アダムズ(Michel Moody-Adams)は、規範理論の構築を「馴染み深い場所でのフィールドバーク(fieldwork in familiar places)」と呼んだ。この考えに従えば、人類学者の提示するようなエスノグラフィーを政治哲学者が参照する必要はない。
    • だがそれは、ウォルツァーやムーディ=アダムズが扱っているのが一般的で基礎的な哲学的問いだからだ。より具体的な問いを扱うなら、政治哲学者はエスノグラフィーなどを参照する必要がある。例えば哲学者は、第一線公務員として道徳的主体性を発揮すると言うのがどういうことなのか知らない。そこではエスノグラフィーを参照する必要が出てくる。
  • エスノグラフィー的感受性が政治理論に貢献した例として、アイリス・マリオン・ヤングがジェイン・ジェイコブズの都市論を参照していることが挙げられる。ヤングはジェイコブズの議論に依拠して、リベラルな個人主義コミュニタリアン的な一体性に対するオルタナティブとして都市を描いている。

ジェイン・ジェイコブズアメリカ大都市の死と生』

アイリス・マリオン・ヤング『正義と差異の政治』

経験的データの単なる利用とどう違うのか

  • エスノグラフィー的感覚は、政治理論において単純に経験的データを利用することとどう違うのだろうか。ジェイコブズの議論を例にしながら、3つの違いを挙げよう。
  1. 因果的主張。ジェイコブズは単に、「都市は価値あるものを生み出す」という因果的主張をしたわけではない。ジェイコブズの議論によって初めて、都市における交流は価値あるものだと言うことが明確化されたのだ。つまりエスノグラフィーは、因果を示すというより、目的や価値に関する規範的反省でもある。
  2. 与論調査。ジェイコブズは、人々が何を価値あるものとしているかを報告しているのではなく、人々自身も気づいていないような実践の暗黙的なコミットメントに光を当てている。
  3. 実験哲学。エスノグラフィーは、人々がどういう直観を持つかを実験室や質問紙調査で尋ねるのとは違い、人々が問題をどうフレーミングしているか、何が利用可能な選択肢だと考えているかを、長い時間幅で捉えられる。

 

5つの議論

  • 以下では、政治哲学にエスノグラフィー的感受性を取り込むことを支持する5つの論拠を、実際の研究も取り上げつつ列挙していく。前半3つは、規範原理が特定の社会的文脈にいかに適用できるかに関わるもので、後半2つは、既存の社会実践の解釈が規範原理にどんな洞察を与えるかに関わるものだ。

 

今ここに規範原理を適用する

①認識(epistemic)

  • エスノグラフィー的感受性によって、人々が直面し格闘している様々な規範的要求の性質が理解できる。それによって例えば、規範的問題が当初思っていたよりもずっと難しいものであることが明らかになるかもしれない。
  • 事例:臓器提供のドナーと患者の関係。
    • 臓器提供ではドナーの名前を明かさないのがルールだが、あるエスノグラフィーによれば、患者はしばしばドナーの名前を突き止め、そのドナーと強い絆を形成する。これは、臓器提供における匿名性の規範に疑問を投げかける。
  • 事例:ベルナルド・ザッカのフィールドワーク研究。
    • 第一線公務員は、哲学者の想定とは異なり、公務員として従う役割道徳と個人として従う日常道徳とのジレンマに悩んでいるわけではない。公務員という役割の中で課されるたくさんの要求(上級管理職、直属の上司、顧客たる市民、…)の間でジレンマに置かれている。これは、役所は杓子定規だという通俗的イメージをも覆している。

Bernardo Zacka "When the State Meets the Street"

 

②診断(diagnostic)

  • エスノグラフィー的感受性によって、人々が規範的要求に対処する際に直面する障害の性質が理解できる。エスノグラファーは、当該領域の人々の視点を体験する一方、その領域の規範に完全に取り込まれてはいないので、一歩引いて、その人々が直面している困難を診断できる。
  • 事例:リサ・ヘルツォークのフィールドワーク研究。
    • 発展途上国で顧客に金融サービスを提供するある開発機関は、従業員に教育を提供するという機能を果たしていたが、競合他社から人材を引き抜かれることが多かった。
    • 開発機関の人々は、それを競合他社の社員たちの人格的な問題(あいつらは汚いやり口をとる)として捉えていたが、エスノグラファーの目からすれば、これは人材教育を巡る典型的な集合行為問題であり、相互協力のシステムを作れば解決できる、という診断が下せる。

Lisa Herzog "Reclaiming the System"

 

③評価(evaluative)

  • エスノグラフィー的感受性によって、ある実践や制度が、所与の価値を促進するのに資するかを評価できる。実践する主体自身が気づいていないようなその実践の意味を評価する上でも、エスノグラフィーは役に立つ。
  • 事例:ザッカの研究。
    • ケースワーカーはクライアントと長い雑談をしがちだが、ケースワーカー自身、そのことをきちんと自分の言葉で正当化できないことが多い。だがこれは、クライアントと信頼関係を気づき、センシティブな情報を引き出して的確な支援を行う上で重要であった。

 

今ここから規範原理へ向かう

④価値づけ(valuational)

  • エスノグラフィー的感受性は、価値や規範(何に価値があるか、どうあるべきか)を理解し、改訂し、洗練させる上でも役に立つ。
  • 事例:多文化主義批判。
    • スーザン・オーキンによるフェミニズムからの多文化主義批判は、一夫多妻制の文化に暮らす女性の証言に大きく依拠している。
  • エスノグラフィーは、高次の規範原理が、具体的な社会実践においてどう理解・解釈されるかを特定し、どう理解・解釈されるべきかを決定する上でも役立つ。
  • 事例:ジェーン・マンスブリッジのヘルプライン(Helpline)の研究。
    • そこの従業員たちは、民主的価値や平等主義に強くコミットしていながら、組織内には権力の不平等が存在し、そのことを誰も問題視していなかった。
    • マンスブリッジは、従業員たちが、権力の平等ではなく、平等な利益の保護や平等な尊重といった形でこそ、民主的価値や平等主義をよりよく実現できると考えていたことを明らかにした。
    • そしてマンスブリッジ自身も、従業員全員が共通利益を持ち、自分にできるだけの貢献を行うような組織においては、そのような形をとった方が民主的価値や平等主義に資する、と考えるようになった。

Jane Mansbridge "Beyond Adversary Democracy"

 

存在論(ontological)

  • エスノグラフィー的感受性によって、価値・規範を下支えするような、人間本性や社会に関する事実が明らかになることがある。
  • このような事実が明らかになるのは、日常的な実践が崩れるような異常事態。ハロルド・ガーフィンケルの違背実験は、まさにこのような異常事態を意図的に作ろうとしたもの。だが作為的でなくとも、異常事態は生じ得る。
  • 事例:リサ・グンターの独居房の研究。
    • 独居房で他人とのコミュニケーションを断たれると、人は生きながら死んでいるような感覚になり、気が狂いそうになる。これは、孤立した人間の意識が互いに関係を結ぶという常識的な見解に反して、むしろ人間の意識は他者との関係に具現化されているのではないか、という発想をもたらす。
    • 同時に、独居房は単に人との繋がりを断つだけでなく、人間らしい生活を送れなくする過酷な刑罰だと示すことで、独居房の正当性にも疑いを投げかけている。

Lisa Guenther "Solitary Confinement"

 

危険性:視野狭窄、バイアス、個別主義

  • エスノグラフィー的感受性を持つためには、自分の持つ暗黙の前提を疑ったり、それを一旦脇にどけたりといった、一定の柔軟性が必要。だがその上で、様々な困難がある。
  • エスノグラフィーを用いる研究者一般が気をつけなければならないこととして次の2点がある。
    • 反応性(reactivity):観察することで、実践それ自体が変化してしまうことがある。例えば質問をすることで、相手はそれまで考えたことのなかった問題を考え直すかもしれない。
    • 信頼性(reliability):フィールドワークは、社会的現実をただ記録するのではなく、それを記録者自身の持つ概念を用いて解釈する作業。それはどれほど確からしいのか。
  • 規範理論においてエスノグラフィーを利用する研究者は、それに加えて次の3つの困難に取り組む必要がある。
    • 視野狭窄:相手の視点に立つことが行き過ぎて、一歩離れたスタンスをとれなくなったり、相手の視点に同一化してしまったりするとまずい。エスノグラファーなら一歩引いた視点で認識できたはずのことを、認識できなくなるかもしれない。
    • バイアス:自分がフィールドワークで参加した集団の視点で物事を見るようになって、「理解しすぎtoo much understanding」の状態になり、実践者の行う言い訳を額面通りに受け取ってしまうようになってはまずい。
    • 個別主義:エスノグラフィーは個別具体的な状況に注目するため、他の文脈に全く適用できないような具体的すぎる知見しか引き出せないというのも問題。
  • こうした困難は、エスノグラフィー的感受性の利点と表裏一体なので、完全になくすことはできない。だから、こうした困難を緩和する方法を追求するべき。
    • 例えば他の集団の人にも話を聞くとか、他の研究者からの批判や補完的研究を促すとか、リサーチ・デザインによって知見を一般化できるよう工夫するとか。
  • とはいえこうした懸念は、エスノグラフィー的感受性を持たないような研究にも付きまとう(研究者も社会に置かれており、独立した不偏的な観察者になれるわけではない)。この点で、エスノグラフィー的感受性を持った研究は、そうした通常の研究が持つ偏狭さ(parochialism)を緩和する方策の1つと言えるかもしれない。

*1:この論文で扱われるのは規範的政治理論のみなので、政治理論と政治哲学という語は互換的に用いる。




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