こんばんは。
田坂広志さんの『人生で起こること すべて良きこと』から心に刺さった文章をお伝えしています。
今日は、「言葉」に関連する文章をご紹介していきます。
「言葉」の重要性。このことは長きに渡り数多くの識者が述べてきました。現代においては、「言葉が世界を作る」「ネガティブな言葉は使わない」「ポジティブな言葉を使う」というように、私たちが発する「言葉」が私たち自身に与える影響について語られることが多くなっていると思います。田坂広志さんも実際に、言葉が私たちに与える影響について述べられています。それは、氏の他の書籍で、その理由とともに詳細が説明されておりますので、別の機会に改めてご紹介したいと思います。一見スピリチュアルに感じられる事象を論理的に説明された文章に、思わず膝を打つ。そんな体験を今でも覚えています。
『人生で起こること すべて良きこと』の中からは、言葉の別の側面について興味深い文章がいくつもありました。その中からいくつかを引用したいと思います。
我々は言葉にて語りえるものを語り尽くしたとき、言葉にて語り得ないものを知ることがあるだろう。
言葉について意識していないと、言葉は万能であると思ってしまうかもしれません。自分の思っていること、考えていることはすべて他者に伝えることができるような気がする。
でも日常生活では、他人にうまく思いを伝えられない場面は多々あります。そんな時には、他人の理解が不足していると、自分の言語能力不足を棚に上げて他者を非難するかもしれません。もしくは、自分の至らなさを痛感し、もっと言葉遣いに磨きをかけたい、と前向きに考えるかもしれません。
私自身は、場面場面で双方の感情を抱いています。でも、どちらかというと後者の考えを抱くことが多いでしょうか。というのも、私より確実に言葉を数多く知り、より正確に、巧みに使う、そんな人たちと触れる機会があると、そういう人たちに近づきたいという思いを抱かざるを得ないのです。それは、何も難しい言葉を数多く使う、ということではありません。むしろ、平穏な言葉で分かりやすく伝える、そういう人に憧れを抱きます。難しいことを分かりやすく説明する、他者に伝えることができる。そういう存在になりたい、という希望を抱きます。田坂広志さんは、まさに私の理想のお一人です。
一方で、どうしても会話がかみ合わないという人がいるのも事実。これは言語能力だけの話ではなく、世界観に関わってくるとも思います。いや、言葉がその人の世界を作るという文脈で考えれば、まさに言葉の問題なのでしょう。
こちらがいくら丁寧に伝えたと思っても、全く理解されていない、いや理解しようとしていない、という人はどうしてもいる。それは仕方がないとあきらめた方が得策かもしれません。
すみません、話がそれてしまいました。
明日の記事で田坂広志さんのこの文章から感じたことをお話します。