(第十四回)
~日々の美味しい句読点~
(不定期連載記事「あァ、ときめきの病院飯」の第十四回めになります。
その前段として、よろしければこちらの記事↓もご参照下さい)
koumemylove4794.hatenablog.com
それまでお世話になっていたA病院(仮)からB病院へと転院し、病院食の味で
「ここでもどうにかやっていけそうだ!」と、自分の舌で確信し……
そんなこんなで、病死と野亜土から見える景色はいつの間にか白く染まり始めて
名実ともに、北海道は冬へと移り変わっていたそんな時期。

(画像はGrokによるAI生成)
とは言え、、入院先が変わったというのはあくまで現行の法律その他に即したうえでの
システム上のことも大きいので、朝起きて、検査を受けて、リハビリの運動をこなして
病室のベッドで横になっているうち、うとうと眠気が来て……と言う単調な日々のサイクルが
特に劇的に変わるわけでもなくて。
ただそれだけならば、単に「退屈する暇もないくらい退屈」な灰色の日々なのですが
幸いにして僕の場合は趣味が趣味ですので、一人で過ごしたり一人遊びしたりするのには(笑)
普段から成れておりますのでさほどの苦痛でもなく、ネット環境が完全遮断されていた分だけ
じっくり読書したり、内心でツッコミ入れつつテレビ番組を見たり、自分自身とのおしゃべりで
施策にふけってみたり……と、それなりに「やりたい事、やれるコト」には事欠かなくて。
そして同時に、そんな単調で変わり映えのないものになりがちな病院での日々に置きまして
時間の進み具合にしっかりメリハリをつけ、同時に具体的な栄養素をも与えてくれるとう
入院生活時の大切な「句読点」の役割を果たしてくれたおのこそ、一日三度の入院食だったのです、
いやぁ、、長い前振りでしたねえ(笑)。
●11月22日(土曜日)
(夜)
〇ご飯
〇たいみそ(ビニールパックの一口サイズ)
〇大根葉の味噌汁
〇大根のそぼろ煮(挽肉と一緒に柔らかく煮つけてある)
〇コールスロー
〇ジョア(マスカット味、鉄+葉酸)

(画像はGrokによるAI生成)
ご飯と味噌汁を軸にして、カロリーや炭水化物の総量などを厳密に計算されつつ
総じて味付けが薄目の料理が出てくること、野菜が何らかの形で必ず盛り込まれることなど
基本的なラインはどこの病院でもそう変わるものではないんでしょうか、ただひとつだけ
A病院(仮)からB病院(仮)に転院して明確に目先が変わったのが、朝食時に牛乳ではなくて
ジョアが出てくるようになった、と言うこと。
乳酸飲料 ジョア一日分の葉&葉酸125ml×10本マスカット味
えぇ、そうです。
あの「ジョア」なんです、乳酸菌飲料のジョア!
亡くなった祖父母の家へお泊りに言った際に、よくゴチになってたっけなぁ…と言う
個人的には甘酸っぱいノスタルジーの産物であり、大人になってからはすっかりご無沙汰していた
そのブランド名だけに、思わぬ場所での思わぬ再開と、期待を全く裏切らないその味わいに
思わずクスッと笑みがこぼれてみたり。
これから退院までの約一か月間、このジョアには毎朝お世話になります――
で、そうなってくると現金なもんで、今度はしばらくご無沙汰してしまった牛乳の方が
無性に恋しくなってきたりもするんですよ(笑)。
たはは、まったくもって困ったやつです、僕は。
(昼)
〇ご飯
〇豆腐チャンウルー(もちろん飯の上にダバァ)
〇青菜と油揚げの和えもの
〇缶フルーツ(ミックス)

(画像はGrokによるAI生成)
ご飯との相乗効果でおかずの旨味が膨らむだけでなく、単純に「かさ増し」の故意か燃得られて
食べ終えた際の満足感が増すので、入院中は幾度となく試みたぶっかけ飯」。
この豆腐チャンプルーって言うのがあまり刺々しく主張しすぎない味わいの程よさでもって
実に病院食向きのメニューだと思いましたし、そもそも北海道の病院において沖縄の郷土料理を
おかずのひとつとして普通に味わえるというのも、情報化社会と流通経路の発達に伴っての
「地域間の垣根のなさ」の恩恵そのものと言う感じで、僕みたいな根っからの食いしん坊には
故郷に胃ながらいろんな地域の料理が頂けてしまう、と言う状況はただ「歓喜」の二文字です。
あ、それとデザートの缶フルーツも、みかん・桃・パインといった複数の果物の味わいが
口の中でたのしくはしゃぎ、バラエティ豊かで楽しませてもらえました。
(夜)
〇ご飯
〇わかめの味噌汁
〇赤魚の照り焼き + 一緒にソテーしたタマネギ
〇ジャガイモと人参の炒め煮

(画像はGrokによるAI生成)
と、病院食の献立としてはスタンダードとも言えるこの日の献立なんですが
ひとつ嬉しかったのは、今夜のメインディッシュと言って良いであろう赤魚の照り焼きが
フレーク状のほぐし身ではなく、ある程度まとまった形の切り身で出てきたこと。
ポンコツ同然の体が少しづつでも回復に向かっているのだ、と病院側に認めてもたえた気がして
自分で照り焼きの身に箸を入れてほじくり、白飯と一緒にもぐもぐ頂いている際にも
それがちょっとだけ有難く、また誇らしくも思ったり。
「食べる」と言う行為は、来るべき退院の日を見据えて患者の僕が自分から起こすこののできる
数少ない能動的アクションのひとつですので、ここからも大いに張り切って……
と言ったところで、B尿員(仮)での日々については次回の講釈で!
