2月8日。熱海は記録的な大雪となった。よりによって選挙も重なり、重い足取りで、急坂から転げ落ちないよう慎重にそろり街へ踏み出す。こうなると熱海・伊豆は陸の孤島だ。
海沿いの国道135号には、途切れることのないテールランプの赤い線が一本、南へ細く伸びていた。駅のタクシー乗り場は長蛇の列。電車は遅延、あるいは運転見合わせ。流れていく電光掲示板を前に、観光客は立ち尽くしている。駅ビルも早々に店じまい。どこもかしこも早じまい。一杯ひっかける目論見は絶たれ、行きよりも重たい足取りで家路につく。しぶしぶ夕食の準備にとりかかったところに、電話がかかってきた。友人のカメラマンPからだ。
「今日、泊めてくれない?」
身長180cmを超える大男が、珍しく切羽詰まった様子だ。事情を聞くと、伊豆高原に移住した共通の友人N宅からの帰り、伊東線がとまり、川奈駅で立ち往生かくかくしかじか。
熱海着21時。玄関をがらり開けるなり「温泉!」と挨拶した彼は、スキップで風呂場へ消えていった。伊豆高原から7時間。気の毒としか言いようがない。よほど冷えただろう。
頭からほかほか湯気をあげ、グラスのビールを飲み干すP。コンビニも弁当棚もすっからかんだったという。残りもののスープを温め、親子丼をこしらえた。
「そういえば、Myoさんがつくったキムチが旨くてさ。せっかくだから今食べよう」とPはリュックからビニールに包んだ某焼肉屋プロデュースのキムチの容器を取り出した。MyoさんはN氏のパートナーで韓国出身。しかも元プロの料理人だ。おのずと期待は膨らむ。
蓋をひねると真紅のフレーバーが立ちのぼる。刻まれた白菜を口に含んだ刹那、腰を抜かした。
唐辛子の圧倒的な香りがぐいぐい押し寄せる。そしてじんわりと広がる辛味。白菜はシャキシャキと爽やかな歯ごたえ。スーパーの市販品よりも甘さは控えめだ。漬け汁はしゃばしゃばでもなく、パサパサでもなく、ほどよく水気を含んだ、ねばりのある唐辛子が甘い。そしてキムチといえばニンニクの香りがつきものだが、このキムチは生姜の風味が効いていてすっきりした後味だ。去年自分が漬けたキムチとは根本的になにかが違う。瞠目の味だった。
興奮さめやらぬまま、翌日にはNに連絡をとった。なにがなんでも秘訣が知りたい。礼もそこそこに早速本題にはいる。まずは材料からだ。キムチづくりに欠かせない、Myoさん御用達の食材を紹介してくれた。
キムチづくりにオススメの韓国食材

韓国産の天日塩
まずは塩だ。韓国にはキムチ専用の塩があり、天日干しした粗塩でなければ白菜はうまくつからない。
「日本の塩でも、何度も試してみたんだけどね、仕上がりがぜんぜん違うの」とMyoさんは言う。
通常は白菜の葉一枚一枚の間に粗塩をふって漬けるが、今回のキムチは刻んだ白菜を塩漬けにした浅漬け風だ。「だって、すぐに食べたいじゃない。時間がたてばだんだんと発酵して味も変わってくるし、それがまたおいしいのよ」


余談になるが、「2月のサラダ覚書」でも紹介した白菜の浅漬けは、この塩を使ったものだ。白菜の重量の2%の塩で重石をしただけだが、昆布などの旨味が必要ないほどのできばえだった。
シチリアの粗塩と比較してみると、韓国産はよりゴツゴツと金平糖のように結晶が大きい。口の中にいれると、シチリア産はマイルドな塩味ですぐに溶けるが、韓国産はしっかり塩分を感じつつゆっくりと溶けていく。ゆっくりと溶けるからこそ、白菜のポテンシャルが引き出されるのだ。
韓国産のプレミアム唐辛子

ふたつめに、唐辛子。これも韓国産の唐辛子でなくてはだめだと豪語するMyoさん。
「業務スーパーでキムチ用の唐辛子が売っているんだけど、あれは中国産で、ぜんぜんダメだったのよ」
ショックだ。自分は去年、その業務スーパーの唐辛子で漬けていたのだ。食べられなくもないが、なんとも凡庸な味だった。
Myoさん御用達の唐辛子は500gで3000円超え。正直ひるむお値段である。だが圧倒的な香りを誇る唐辛子が、圧倒的に旨いキムチを生み出す。これは食べてみて確信したことだ。
塩辛のエキス(アミ/イカナゴ)

みっつめに、韓国の塩辛だ。アミとイカナゴのエキスである。彼女が買っているのはペットボトルにはいったもので、たしかに保管するにも手軽でいい。
まずは以上の食材を手に入れなければならない。
数日後、「またキムチを漬けるけど、見に来る?」とNから連絡が入った。願ってもない誘いだ。Myoさんのキムチは近所にお裾分けしまくった結果、評判になってしまい、農業を営む友人が白菜を6個もってきたという。
「ぜひ、弟子入りさせてください」
2月下旬、キムチ修行にでかけることになった。続きはこちら↓。
konpeito.hatenablog.jp



