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いつも生と死のかなたを見つめて

宗教とは一代の人生を全うして終わるものではない。

死後何もない。無だなどという宗教はない。そして必ず生命は死を迎える。

生と死は地続きだ。

だから人生の目的などというがそれはすどうあれべて中継地点なのだ。

何回、難病が治ろうが、危機を回避しようが人はしまいには死ぬ。

最近は僧侶でも死ねば終わりが当たり前で、死後の存在などというと変な人だといわれかねない。

だがこれは「断見」という外道の見解だ。

私も死後の世界など知るわけないが仏教の教えの上ではあくまで輪廻転生の旅路を行く我らなのだ。

死んだらどうなるのか。それは知らない。死んでかえってきた人はいない。

釈尊は死後は知らないといわれたというがそれは当然だろう。

死んでいないのだから具体的に知るわけない。

だが生と死は続いているという生き方こそ仏教なのだ。私はそう思っている。

それでこそ最後の最後まで豊かな人生を生きていける。




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