この流れは日本にもいれたい。
この問題、生きたまま湯でゆでたほうがどんないおいしかろうといらない。
以前こころずくしの生き作りをこのままでは食べられない。死んだものを持ってきてほしいと言って下げてもらったこともある。
大変に施主は不満そうだったがそういう忖度などはしない。
たとえ、気分を悪くして縁が切れようとそこを妥協などしない。
以後地方に呼ばれてもそういうものは出していただかぬようあらかじめ言っている。
海産物のおいしい土地では驚かれるがすでに用意してあってもやめていただく。
魚介類はそう言う調理法があるのである意味獣肉より修行上はまずい。
命をいただくのにうまいもまずいもない。
そこまでの美味探求は下品な行為だと言い切る。
いつも思うが年末には大きなタイが店先に並ぶ。先日も見た。
タイが30センチの大きさになるまで大変な経験を潜り抜けてきた生き残り組なのだ。
まさに選ばれたタイだ。
それがなにゆえか捕まって塩をまぶされ並んでいる。
私はこの年でしかも年末に焼け出され無一物になったが何の不思議があろうか。
なにゆえ、天を恨んだり嘆いたりできようか。
私はまだ生きている。
天運の前には人間もタイもない。
店先のタイに比べればずっとましだと喜んでいる。
またいまだに十分に復興されない東日本大震災の被災者の方々、仮設住宅で足掛け三年になろうとしている能登震災の被災者の皆様のご健康と復興を心よりお祈りする。