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小説「呪師」其の弐拾伍

新右衛門はその翌日、「百足大権現」にいた。

 

その日は雨で鑑定の客足は空いていた。初冬の雨は冷たい。

だが新右衛門の心は怒りで燃えていた。

入り口でカエデが「お名前をどうぞ」

「千住から来た松山佐内と申す。」とあらかじめ考えた偽名を語った。

「お悩み、ご用の向きは?」

「命婦殿の神通力にて前世を見ていただきたい。」

 

「お仕事は」

「恥ずかしながらただいまは浪人でござる、長屋で子供らに読み書きを教えております。」

「では私についておいでください。」

 

やがて客間に通された。江戸であるが京都の町屋のように奥が深い作りだ。

 

一段高いところに祭壇を背に命婦が座っている。

五十歳くらいの女だがけばけばしく化粧をして緋袴や白衣とはまるでふつりあいだ。一見して「妖怪の化けた巫女さんのようだ」と思い、新右衛門は吹き出しそうになった。

左右にやはり神官とも修験者ともつかぬ格好をした男が座っている。

一人は二十歳くらい。もう一人は四十前くらいだろう。

 

黒い座蒲団が置かれ

「松山氏は前世の見通しをご希望ですね。」といわれた。

普通のものはここで驚く。命婦には何も言っていないからだ。

 

だが、「ここにも仕掛けがある」と忌部久光から聞いていた。

つまり用向きによって出す座蒲団が違うのだ。

故にカエデのいる受け付けの奥には赤やら青やら緑屋らとカラフルな座蒲団が種類別に積んである。

 

「さすが命婦殿は鋭い!」と驚いたように言って新右衛門は首を垂れた。

「松山氏。そこでまたっしゃい。権現様にお聞きいたしましょう。」

命婦は祭壇に向き直り、般若心経を唱えだした。

若い方の男が法華宗でもあるまいに団扇太鼓を打つ。

 

二巻目に移る時、神殿の扉を男たちが左右に開き、そこにはおおきな瓶子に刺した御幣が安置してあった。

よく見ると微妙に動いている。

四十くらいの男が「あれ、不思議。御幣が動いている!感応がありましたぞ!」と指さして大きな声でいった。

此れにも仕掛けがあると久光は語った。瓶子の中にはドジョウなどを潜ませているのだ。

田舎のニセ修験者などがよくやることと笑っていた。

 

 

 

「南無百足大権現」と唱えだしてしばらくして扉が絞められた。

命婦はじゃりじゃりと首にかけた数珠を手にしてもみだした。

 

ややあってふりかえり、

「松山氏。わかりましたぞ。あなた様の前世は林羅山という儒学者の家に住むネズミでした。儒学を聞いて今世に人と生まれ、魂が学問の大事なことを知っているので子供にまず読み書きを教えておられるのです。」

 

林羅山を知っているところを見るとまるきり無知というわけでもないな。と新右衛門は思った。まあ、ネタは色々と用意しているのだろう。

 

「なんと!それがしはネズミでござったか・・・。いや、恐れ入った。

道理で生活が貧しいわけだ。いわれる通りで浅学ながら学問は好きでござる。剣技はまるでダメですが。で、仕官は叶いましょうか。」と乗り出す。

 

命婦は大きくうなずき「剣術より学問によって叶いましょう。算術をおやりなさいませ。朱子学などより、そういう実学がよろしかろう。」

 

これは当時の江戸の常識だった。特に算術は重宝された。

実のところは新右衛門は学問などはまったく好まず、剣技一辺倒の男であった。

 

「有難きお言葉、恐れ入りましてございます。」

そして懐からさらに一両出して

「いや、驚きました。こちらは些少ながらお願いあって用意したもの」

「願いとは」

「何卒、命婦様の髪の毛の一筋を頂きたいのです。実は近々さる藩に仕官のはなしがありまして、これはぜひとも叶えとうござる。是非お守りに!」自分でも大袈裟と思うが平伏した。

 

「私の髪の毛・・・?」

 

「一両も出すのなら特別なお守りがございますが…髪の毛でよいのですか?」

 

「ハイ!是非」

 

命婦は笑って、その場で髪の毛をひいて抜き取り、半紙に載せて、おつきの男を介し新右衛門に渡した。

 

「髪の毛は筋を表すと言います。これに似て良きご縁にあずかれると存ずる。ありがたい!」

新右衛門は押し頂いて下がった。




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