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小説「呪師」其の弐拾四

新右衛門は小助の髻をつかむとぶつりと切った。

「これでお主はもう死んだ。たった今わたしが切った。さあ、故郷の平塚にいね。」

「岩間さま!」

「もうよい、故郷の平塚には三日も歩けば帰れよう。これは少ないが路銀にせよ。」と財布もそのままにわたした。

 

小助は新右衛門に咎めが及ぶのではと心配したが、「心配いたすな。はやく江戸を去れ。」とだけ言い残し、新右衛門は小助を措いて歩み出した。

うしろにしばらく小助の忍び泣きが聞こえていた。

 

かくして屋敷に還ると、すぐに新右衛門は用人堀田十兵衛のもとにいき

「小助は大川に身投げして果てました。致し方なく髻だけ切ってこれに持参いたしました。」と髷を差し出した。

 

「ほう、身投げした割には髻は濡れておらぬが・・・まあ、そういうことでよかろう」とポツリと言っただけであった。

 

「殿にはわしから良きように申し上げる。下がって休め。ご苦労!」

 

「ははっ」その日はそれで終わった。堀田はいかめしい顔の老人だが、意外と世間に通じ物わかりのいい老人であった。

 

さて翌日である。

新右衛門は田島に昨日の話をした。

「お家の危難は一応去った。だがこれをこのまま、捨ておいていいのだろうか。」

 

島田「その善鬼の命婦とか申す女、世に仇なす毒婦ですな!

いっそ、寺社奉行に掛け合ってみてはどうでしょう。」

 

「なるほど」

 

その話をその日の午後、堀田に持って行ったが

「いやあ、寺社奉行は取り合うまいよ。そもそも、この江戸にあやしげな修験者、歩き巫女、陰陽師はごまんといるしのう。まあ、持っていくなら町奉行所かな。」

というのみだった。堀田としては主家に災いがなくなればそれでよく、後はもう関わらぬという主義である。動く気はない。

 

新右衛門はどうしてもあの百足大権現を捨て置いてはならぬと思っていた。

 

そして考え抜いて数日後、ふたたび陰陽師の忌部光久の門を叩いた。

座敷に通されて新右衛門は前置きもなくきりだした。

「光久殿、過日、百足大権現に様子を見に行かれてどうであった。」

 

光久は「なにかとおもえばそれですか。

ああ、あの善鬼の命婦は誰かについて呪術を学んだのであろうが、売りにしている見通しの術の力は至って怪しいものですね。

みどもが町医者と偽っていったが、少しも疑念を持たなかった。

あの女は私の前世は曲直瀬道三とまでいいましたよ。」と言って笑った。

 

曲直瀬道三は桃山時代の有名な医者だ。

 

「ああ言うインチキは人に名の知れたものの名前しか出さぬものです。私の前にいた剣客らしき侍は佐々木小次郎と言われていましたよ。

人を見てはいい加減なことをいい儲けるきっかけを作る。そうした術にはたけておるようです。まあ、行ってみるほどの者では無かったですな。」

 

「では本当の術力は何もないと」

 

「・・・そこは違うのです。何もないのではござらぬ。」

 

「というと」

 

「世の中には魔というものがおります。

そうしたものは善鬼の命婦のような欲の塊のような愚かな人間を取込み利用するのです。あの命婦のような。

現に猫の生き埋めで菊さまはおかしくなった。妙俊尼は木から落ちて死んだ。お殿様も病となった。

そういうまがまがしきことをなす力は強くあるのです。」

 

「では奴めらを倒すにはどうしたらようござるか?」

 

「捨て置けばいいのです。そのうち自滅します。飽きたら悪魔は去っていきましょう。魔が去ればあの女はおそらく死ぬ。あの女にはそこまで魔物が食い込んでおります。」

 

「だがそれまでにまだ罪なき者が魔の手にかかるのではないか。」

 

「罪無き者?

あのようなものに群がるものもまた似たような因縁の持ち主です。

放っておきなされ。

それ、小助がそうでしょう。カエデとか申す女の色に惑うて網にかかり、挙句に主の家まで呪う。

まこと、愚かな奴!助けたとて甲斐無き者です。」

 

「そうは思わぬ。当家はあの命婦ごときに何もかかわりはない。なのに災いを受けたではないか!」

 

「…仕方ありませぬな。わたしにどうしろと。」

 

「何とか、きゃつらを懲らしめられませぬか。」

暫く沈黙が続いたが・・・

「やれやれ、高くつきますぞ!」

 

「魔を討つにもこちらが無傷で済むとは限りませんでな。

・・・ならば、まず、御手前に命婦の髪の毛を手に入れて欲しい。」

 

「命婦の髪の毛?ですか」

 

「そう一本でもよい。手に入れられますかな。」

 

「やってみましょう!」

 

 




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