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小説「呪師」其の拾八

 

朦々とマタタビを焚く煙に猫はどんどん集まりだした。

江戸の町に猫は多い。

五代将軍綱吉の「生類憐みの令」が発せられてより、京都と江戸市中には猫を放し飼いにすべしとの推奨令が出ていたからだ。

 

瞬く間に三十匹前後が集まった。

 

「おい、お侍。ちいさな壺と半紙と紐を持ってこいや。」

「もってこいやだと?」何たる言い草だ!

 

「早くしろ!」

気圧されて憤慨しながらも島田はそれらをみつくろってきた。

 

「オイ、これでよいのか?」

「まあ壺がでかいが仕方ないな。」

 

手渡そうとすると

「それ、そこでアンタがもっていろや。オラはオラでやることがある。」

そうするうち屋敷のうちから何か大きいものがドスンと縁側から落ちた。

猫ではないようだ。そもそも辻井家に猫はいない。

それはこちらに四つん這いでやってくる。

なんと!菊姫だった。

 

あたりの猫たちはもうマタタビにすっかり酔ってゴロゴロ転がりだした。

なんと菊姫も全く同じようにゴロゴロ転がりだしたのだ。

着物の裾がめくれ白い足も丸出しでゴロゴロところがっている。

「お菊さま!」田島も縫もあっけにとられなす術もない。

田島は目のやり場にも困る。

 

暫くするとヤモリは犬を三匹呼んで「お姫さんが一番かわいがっているのはどの犬だ。」と聞いた。

田島は「ハヤテ」となずけられた小柄の赤犬を指際さして、「この犬だ」というと、

 

「ハヤテよ。お前、ちょっくら、オラを手伝ってくれろ」というとやおらその犬を持ち上げ、転がっている姫の上から抱かせた。

 

「ぎゃーっ」という獣の絶叫する声が響き渡り、姫は犬から逃げようとよろよろと立ち上がった。

 

そこをすかさずヤモリは両腕を後ろからからめて押さえつけ、何と菊の口を吸ったのだった。

 

「無礼者奴!何をする。」と島田は瞬時に刀の柄に手をかけた。

だが、ヤモリは瞬時に地面に姫をつき放しておいて、手ぶりで「ツボだ。ツボだ。」と言っている。

何が何だかわからずツボを渡すと、その中に向かって「はああ」と大きく息を吐き、半紙をかぶせ、すかさず糸でグルグル口をまいた。

 

姫はそこでぐったりしている。

「おい、墨だ。墨。」というが田島も縫も地面に伏した菊を介抱していて耳に届かない。

「ええい、しっかたねえな!」

ヤモリは唇を噛んで切ると、血液を指にとるや、素早く「犬」という字をツボを封じた紙の上にを書いた。

 

姫は半身を起し、犬たちが取り巻いて心配そうにしている。

「ハヤテ」「雪」「権太郎」と犬の名を呼んで

姫は犬の頭をなで、頭を抱き顔を摺りよせて涙を茫々と流していた。

 

これは久しく見ない姿であった。

 

新右衛門が菓子を持って帰ってきた。

「これは一体!」

 

縫が「すごい‼今ね、華蔵院のお小僧さんが猫の悪霊を封じてくれたのです‼兄上」と大興奮で飛び上がり、嬉しそうに言った。

 

「猫はもういない筈だが・・・」

縫は「いや、まだいたのです。それをこの小僧さんが取り除いてくれました。」

と大感激の様子。

おそらく彼女は悪魔払いの現場を初めて見たこともあったのだろう。

 

新右衛門「田島殿、どうなっているのだ。」

田島は「いや、・・・それよりこの小僧が姫の口を吸ったのだ!許せぬ」

刀の柄に手をかけたまま言った。

田島は利口な若者だった。

 

吉祥庵の妙俊尼と菊が対談して、姫が自分を好きだと言ったという話が頭に残っていて、知らずと姫への恋心になっていたことにこの時、彼ははっきりと気付いた。

そこに負い目を感じてか、ことの次第を放して「だが・・・・魔物は本当に去ったようです。」と付け足した。

 

犬に囲まれている嬉しそうに涙を流している菊を見て彼もそう思わざるを得なかった。

 

ヤモリはいつの間にか猫を封じたツボをもって屋敷から去っていた。

 

またたびも燃え尽きて、猫も一匹残らずもういなかった。




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