数日後、田島は「忌部久光。さすが有名な陰陽師だけあるが、五両とはな。
恐れ入ったものだ。華蔵院の僧正様なら大護摩焚いても一両とはかかりませんわなあ。」と笑った。
「まあなあ。でも、あれから姫もおかしなそぶりはない。殿も最近は床を離れる時間が多くなった。良いではないか。田島殿!」
「まったくそうです。しかも僧正の勧めであの得体の知れぬヤモリとか申す小僧などお屋敷に入れれば、まるで妖怪の数を増やすようなもんでしょう。」
「そうやも知れぬ!」
とまたまた二人で大いに笑った。
すると犬が盛んに吠える声がする。
田島が何だろうと通用口から出てみると、なんと驚いたことに件の華蔵院のヤモリが立っているではないか!
目を疑ったがヤモリに間違いない。一体何しに来たのか。
相変わらず笠のようにひろがった頭髪に薄汚れた刺し子を着て、つったっていた。
今の今、話題にしていただけに田島はすっかり動転した。
「あ、貴様は! ・・・何だ!何か当家に用か?」と咎めるように言う田島。
ヤモリは「おら、和尚さんの使いで来た。お内儀さんが紙入れわすれなさっただろう。ホレ。」
と、さし出だす垢じみた手にはなるほどきれいな綾錦の布でできた紙入れに辻井の紋所の「丸に十字」がえがかれている。
そうこうしているうちに通用門を開けたままにしていたため、道に犬が出てきた。
犬は三匹いた。
「いやあ、こりゃ可愛い犬だな!」ヤモリは犬に声をかけると犬たちは皆彼に寄って行って尾を激しくふった。
「こらこら。戻れ!」という田島。
だが犬たちはどういうわけか、ヤモリのそばに引っ付いて離れない。
様子を見に新右衛門も現れた。
「どうしたのだ。あ、お主はヤモリではないか!」
田島は「そうなのです。新右衛門殿。こやつが僧正様の使いで、先月、寺に忘れて行った奥方様の紙入れを届けに来たらしいのです。」
そう言えばシズノはどこかで紙入れをなくしたと言っていた。
どうも寺に初めてヤモリを尋ねたおりに落としたようだ。
新右衛門「僧正の使いで来たのなら、僧正の代理だろう。
ならばこんなところで応対せず、せめて庭のうちにでも通してやれ。」
そして「ヤモリ、此れへ入れ」と通用門に促した。
犬たちも彼に随い庭にもどった。
「お前、獣に好かれるな。同じ匂いがするからかな。」と田島がからかって言うと
新右衛門が「そのようなことをいうのはやめろ。彼は今日は僧正様のお使いであるのだ。」が短く叱った。
ヤモリは犬が好きなのか。「可愛いなあ。ここの殿さまは犬が好きなのか?」と犬を撫でながら聞いた。
ヤモリがものを尋ねたのは初めてだと新右衛門は思った。
犬たちはもうヤモリの顔の口と言わず鼻と言わず、舌でさかんに嘗めまわしている。
「いや姫様が好きなのだ。だが最近はあまり構われないので淋しいのだろう。」
「ふうん、そうか」
「そこですこし待っておれ。」
新右衛門は紙入れを受け取るとそれに両手で持って恭しく一礼し、使いの褒美に菓子でも彼に少し渡して帰そうと屋敷のうちにもどっていった。
その間、田島と前庭にいたヤモリは、縫が落ち葉を焚いているのを見つけるとそっちへすっとんで駆けて行った。
「おい、勝手にほうぼう動き回ってはならぬぞ!」
ヤモリは縫のそばでちょこんとしゃがんで火にあたっている。
「あ。あんたが華蔵院の小僧さんね。」縫が笑いかけると、彼も歯をむいて縫を見上げニーッと笑った。
田島もかけてきて「縫殿、そ奴は妖怪のような奇怪な奴故、お相手召さるな!捨ておくが肝要。」と注意を促した。
そして呆れたようにヤモリを見下ろして
「僧正様もよくも貴様の様な怪しい者を当屋敷へつれていけなどといったものよ。」
するとヤモリはやおら「猫が出ただべ」
その言葉に田島はぎょっとした。
これは屋敷内のごく一部しか知らぬこと、「こやつやはり恐ろしき奴!」と田島は思った。
縫も知らない。
「猫って?」
「なんでもないのだ。縫殿」
「なんでもないって、この間は陰陽師がお祓いもしていったでしょう。
なんでもないはずないと思うけど・・・なにがおきているの?」
ヤモリは「猫がなあ。生きたまま埋められてたんだ。この家には」
縫は「なんです。それ!」
ヤモリはヒヒヒと笑った。
田島はヤモリの口を止めようとしたが「こいつ、なぜ、それをしっているのだ?」という強烈な疑惑の方が先に立って呆然として声も出ない。
するとヤモリはその田島の心の声を聴いたように「おめえはバカか。知るも知らないも抑々教えてやったのはオラだろうが。」
ようやく「もうよい!大丈夫だ。先の陰陽師がそれを災いなきよう払ったのだ。もう何も心配ないのだ!縫殿。」とだけ言った。
「へえ、もう心配ないのかい?ほんとかよ。」
「そうだ。陰陽師の忌部光久が来て祓ったのだ。ヤモリ、お前は並外れた千里眼があるようだがな、故に当家はお前にはもう用はない。余計なことをいうな!」
「そうかなあ。箱詰め猫はまだいるけど。」
「こいつ、当家にケチをつけるというのか!」
「なら、おらがその猫を呼んでみようか?」
「世迷言を言うな!」と拳をあげるや、ヤモリはすばやく、さっとそれを避けて
同時に懐から何やら焚火に放り込んだ。
すると黙々と煙が上がり、独特のにおいが立ち込めた。やがて折からの風はその煙を四方に運んだ。
しばらくすると、屋敷の塀のうえに近隣からきたであろう猫たちが現れた。一匹、二匹、三匹、塀から庭に飛び降り邸内にドンドン猫が集まりだした。
「これは一体!」
「安心しろ。焚いたのはただのマタタビだ。毒なもんじゃねえ。」