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小説「呪師」其の拾六

「これは門の内側からさしてある。」

新右衛門はまじまじと人型を見た。

「どう思われる?」と光久は顔をのぞきこんで来た。

「さあ・・・」新右衛門は目をそらした。

「内部の者か、出入りの者でなければこうはいきますまい。」

…確かに。それはそうかもしれない。

「ましてや猫を箱に入れたまま、庭に生き埋めにするなど、外から忍び込んでできましょうか?」

「では光久殿はこの屋敷のうちに殿や姫様を呪詛する者がいると!」

 

「そうは申しておりません。ですが・・・少なくとも屋敷うちにいるものが力を貸さねば出来ぬことではありますまいか。新右衛門殿。」

ウム・・・

 

さて、久光はさっそく座敷に上がると堀田十兵衛に伴われて、シズノにあいさつに訪れ、菊の部屋から近い一間を借りて修祓の準備をはじめた。

立ち合い役は堀田と新右衛門、島田の三人が勤めることとなった。

 

正面には「三宝大荒神」と書いた軸を上下逆に掛けた。 その前には粗菰を敷いてその上に十八杯の米や松の身、酒といった供物を横一列に並べ、左右には立花に松の枝を庭からもらい松葉を大きくもりたてた。

 

狩衣衣装に着替えると大幣を取り出だして左 右 左と払った。

そしてうやうやしく「祓い言葉」を唱えだした。

「維れ、当来 庚戌年乙酉月九日 今月今日の吉日良辰を選び定めて身体を沐浴し、心を正誠に致し、大法主それがし敬って白す。高天原に神留ります。皇御親神 神漏岐。神漏美の御神をもって八百万の神たち神集いに集い給い、御前に金の御幣、銀の散供を以て再拝、再拝といたせば金の花咲き、銀の実成り、獅子は蹄を調え来たり、鳳凰は翔を羽ばたき、天開き地形和合して、立命神門が時を以て信心のそれがし、上は梵天・帝釈・四大天王、下は難龍王、跋難陀竜王を始め奉り八大龍王、荒御前 波風を渡ってこの道場に来臨影向したまうらん。別しては天の二十八宿、地の三十六禽。牛頭天王、八将神、ことには三宝大荒神 多婆天王 那形都佐神王(ナコトサジンノウ)ただいま当家に仇為す曲津神、悪霊 悪鬼 あらんとも皆さらしめて影も残さず。

もし法験あらんには殊には当社 随喜納受を垂れたまえ。・・・・・

只今の大中臣祓いの祭文を以て七難を千里のほかに祓い、七福を信心の家に満て。齢は東方朔の九千歳を保ち、福は壇毘利の後を繕う。松柏自在を榮えたまえと謹敬ってもうす。急急如律令」

声は朗々とし屋敷のうちに響き渡った。

続いて「幣たてしここも高天の原なれば、魔が神去りて千代とみすらん」という神歌を何回も何回も繰り返した。

祓いが終わってほど無く奥の部屋で呻き苦しむ声がし出した。

菊の部屋だ。

久光は案内を頼んでその部屋の前まで行くとやおら、ふすま越しに

「左青龍 右白虎 前朱雀 後玄武 前至勾陳 南斗 北斗 騰蛇

玉女 悪魔退散急急如律令」と九字を斬り、最期に空中に人差し指と中指を延ばした刀印で五芒星のかたちを書き、「エっ!」と「裂ぱくの気合」をかけた。

 

唸り声が病んで女中がふすまを開けて急いで部屋に入ると菊は気を失っていたそうだ。

修祓が終わるや、久光は菰に供物をまいて川に捨てるよう指示した。

また庭に出て松の実が入った一杯を屋根に投げ上げる所作をした。

 

こうして一連の修祓は終り、堀田、新右衛門、島田の三人は菊のうめき声に「やはり、もののけはまだお菊さまについていた!」という驚きと「だがこれで退散したのだ。」と言った安堵がいちどきにきてドッと疲労を感じたのだった。

 

そして久光を新右衛門が別室に案内して茶などふるまった上で

 

「本日はまことにありがとうござった。お祓いの御礼はいかほど納めればよろしゅうござるか?」

 

すると久光はすすめられた茶を飲みほしてから「いえ、まだことは終わってはおりません」と言った。

 

「といわれると?」

 

「猫の物の怪は去らしめました。だが、呪詛をかけた本人がいる以上はまたなにをするかわかりません。」

 

「本当に恐ろしいのは人の所業。此度の猫も獣がご当家に恨みを持つものではない。術に利用されたまでのことでしょう。」

なるほどそれは道理だ。と新右衛門は思った。

 

「では術を仕掛けたものをあぶり出すにはどうすれば・・・」

 

「はい、それにはこれは誰か術者を雇ったものと見えますので、術の筋がいかなるものかを確かめたく思います。

術筋が解ればなおさらとやりやすいかと。」

 

「では、我等はどういたそうか。久光殿」

 

「ええ、ゆえにもう少し泳がせましょう。」




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