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小説「呪師」其の拾四

そして急に「田島殿、帰ろう。もうよい。」等耳打ちした。

田島は納得いかない風であったが新右衛門に促されてそれ以上はなにもいわなかった。

するとヤモリが言った。

「そうれ、気が付きなすった。そっちの旦那はわかったんだろ?}と。

 

 

「僧正様、大変ご無礼いたしました。ちょっと急な用事を忘れておったようです。後日亦ご挨拶に伺います。」と来た時とは打って変わって丁寧な振舞だった。

「もうお帰りかね。お侍というのは忙しいんだな。」とヤモリは嘲るようにゲラゲラ笑った。

 

新右衛門は田島を引っ張るような勢いで速足で寺を出た。

田島は「一体どうしたと言われるのですか。新右衛門殿」と合点がいかない。

 

寺からしばらくはなれたところで新右衛門は言った。

「裏庭の軒の先の螻羽に確か灯篭がなかったか?」

 

「螻羽」というのは家屋の端につきでた屋根の端のことだ。

現代で言えば丁度「雨どい」などが下がるところだ。

小さなものだが毎日火を灯していたはずだ。

「ああ、そういう言えば!…あったかもしれません。」と田島も思い出したようだった。

 

ふたりは屋敷に還るや恐る恐る裏庭に行ってみた。

あった!

裏庭を照らすために火を入れる灯篭が下がっていた。

「これか…あの小僧が申していたのは」

日は暮れかけていたが二人は大急ぎでその灯篭の下がった真下を掘ってみた。

きわめて屋敷に近い場所だったのである・

すると中から木の箱が出た。

「これか!」田島が叫んだ。

「あけてみろ」

 

すると中にはすさまじい死臭とともになんと「黒い猫」の死体が横たわっていた。

ふたりはしばし、言葉を失った。

「これは殺して埋めたのでないな。見てみろ、」と新右衛門。

田島が箱の蓋の内側をみると、無数のひっかき傷があった。

猫の表情にも苦悶の様子があらわだ。

眼をむき、牙をむいた恐ろしい表情で死んでいる。

「生きたまま、埋めたのだ。」

「なんと!」

二人は顔を見合わせた。

 

真っ先に頭に浮かんだのはこれをこのまま報告すべきか否かだ。

「これは菊様や奥方様にはちょっと…」と田島が言った。

「・・・そうだな。」

「呪詛かな」

「おそらくは、そうでもなければこんなことをする理由があろうか。」

 

ふたりは相談した結果、まず用人の堀田十兵衛にことを打ち明けた。

 

堀田は苦虫をつぶしたような顔をして話を聞いていたがやがて口を開いた。

「こういうことは表ざたにしてよいものではない。それはお主らにもよくわかるな。」

「・・・まあ、そうですな」

「誰か、払いをするものを探して払わせよう。」

「お払いですか。」

「そうじゃ。訳を話して表向きは「家払い」のような祈祷をしに来てもらえばどうだ。此のところよくないことが続くのは事実だろう。」

 

「ヤモリと言う小僧はどうしましょう。」

 

「お前たちも思うようにそのようなものは当家には似つかわしくない。

無用に致せ。」

新右衛門「では…いったい誰に払わせましょうか?」

田島「殿の病や木から落ちて亡くなった禅尼のことを思えば、これは相当な呪詛かもしれません。」

「箱詰めになったネコの祟りであるか、否かは別にして縁起が悪いことは事実だ。こういうものはどこまでも続きはせぬ。

何かをきっかけに収束するものだ。そのきっかけづくりをするのだ。」

 

「僧正様に護摩を頼むのはダメですか。」

「僧正は色々知りすぎている。そのヤモリとやらを再度、勧められても面倒だ。ただ庭に埋められた猫の話のみをして陰陽師などに払いをさせるのがよかろう。」

 

当時の陰陽師には宮廷陰陽師と市井の陰陽師がいた。

彼らが言っているのは勿論後者だ。

 

幕府 天文方が宮廷の暦が二日ほどづれていると看破してから、「陰陽の寮」の力は急速に衰え暦も変わった。市井に宮廷の陰陽道の書も密かに流れ出るくらいになった。

陰陽の寮をつかさどる土御門家の門人だと勝手に名乗るものも多く出たのであった。

ただ、その実力に開きは多く、いい加減に怪しい占いなどしているのも陰陽師なら、神社で「祓い」というものを専らに頼まれる神社お抱えのものまであった。




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