干支に学ぶ未来 天台宗一隅を照らす運動総本部長 横山 照泰
今年も年が明けてはや、ひと月が過ぎました。今年は干支(えと)でいえば乙未(きのとひつじ)年です。日本でも古来より十干(じっかん)十二支といって、今日においてもその年の運勢を干支に頼るところがあります。
干支とはそもそも古代の中国の人たちが天地自然をじっくり観察し、悠久の時間をかけて集積したデータを統計学的に分析し、体系づけたものです。つまり、天体の運行を観察することで、ある法則を掴み、それを基軸に生活の指針にしてきたのです。
干支の「干」とは木の幹や根を指し、「支」は枝や花を表象するという説もあります。植物の発生から生長、収縮に至るまでの過程を「干」は十段階、「支」は十二段階とし、これを組み合わせて六十のパターンに分類したのです。
それが、人間世界の様々な出来事や時世の変化についての判断にも適用されているのです。たとえば「一年の計は元旦にあり…」という故事は、「殻(種)を植ゆるにあり…」からきていると言われます。
ところで近代科学の発展の中で、データは結果を生み出す大事な要素ですが、そのデータを人がどう捉えどう扱うかで、結果が変わります。そして大きな差異を招くのです。
古代中国の考え方は、「干」と「支」を分けても、その要素を対立させるのではなく、実にバランスよく一つのものとして捉えてきたのです。
今日、行き詰まった人類の未来を打破するヒントがここにあるのではないでしょうか。対立の状態でも、巧みにバランスをとって、共鳴・共感していく関係を築くことが必要です。
この横山先生の文は実に素晴らしい、干支などの中国思想は仏教とは違うからと言ってしりぞけず、その教えをくみ取って消化する。
これぞ仏教の持つ特性が現れた一文で去り、天台宗信仰の真骨頂と思います。
最澄さまは「道心のある人を西には菩薩と言い、東には君子という」といわれ、自利利他の道心のもとではあらゆる教えが光を放つのは法華経「法師功徳品」に説くところである。