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小説「呪師」其の拾弐

新右衛門の眼から見ても、もうヨネはあきらめなければなるまいと思った。ヨネの怯え切った眼がそれを語っていた。

 

ここに至って、新右衛門は話ついでで帰路、華蔵院の「ヤモリ」の話をシズノにした。

 

「華蔵院の僧正がそのようなことを・・・」

 

「しかし、それはもう野人のごとき若者でした。とても旗本屋敷に置けるような者ではありませぬ。」

 

「でも、僧正様が言われたなら言われただけのことはあるのではなかろうか?」

 

「…どうでしょう・・・」

シズノは華蔵院に寄っていきたいと言いだした。

「しかし、面会の話もしておりませんゆえ、いきなりはどうかと・・・」

 

「いえ、実家にも顔を出して、父上、母上のお顔も見ていきたいのですから華蔵院が留守でも構いません。」

そこまで言うならとめようもない。

 

シズノはもうその方向へ歩きだしている。

 

 

実家に寄るという話はどこへやら、シズノはまっすぐ華蔵院に足を運んだ。

役僧が応対に出た。

「僧正様はいらっしゃいしょうか?」と問うと

案の定「今日はあいにく、法会に出ております。」とのこと。

 

するとシズノは「ヤモリとか申す人はいますか?」と聞いた。

新右衛門は「奥方様!」と止めようとしたが、役僧は「ヤモリでございますか。裏庭で薪を割っていると思いますが、呼びますか?」

 

「いいえ、それには及びません。そこへ案内していただけませんか。」

僧は二人を寺の裏に連れて行くと

「それ、あれがヤモリです。」と指さした。

 

見れば、薄汚れた短い刺し子生地の着物を着流して、足は丸出しで裸足。

茶色い髪の毛が笠のように広がった後ろ姿の男が座って薪を割っている。

 

やがて、ふたりは目を見張った。

男が薪を割る速さだ。ポンポンと大きな薪を造作もなく割っていく。

みるみる薪は細い乳木に変わっていく。

乳木は護摩で焚くいわゆる「護摩木」である。それにしてもこのような男にもなるほど、長じたところはあるにはあるのだろうな・・・と新右衛門は思った。

 

少し近づくと男は気配を感じてやおら振り返った。

僧が「ヤモリ 辻井様の奥様とご家来だぞ。挨拶せぬか。」

というと、

新右衛門を指さして「そっちの侍はもう知っているぞ。この間おうた。」といった。

「無礼なことをするな!」僧が叱った。

ヤモリは歯をむいて音もなく笑った。

「このような者ですからお屋敷には…」と新右衛門はシズノにささやいた。

 

シズノは構わずヤモリに近づいた。

「そなたがヤモリですか?わたしは辻井の家内のシズノと申す者。」

というとまた歯をむいてただニッと笑うのだった。

「殿さまが危ないんだべ?」

 

なんと!誰が教えたのか。

いやいや、だれも知るはずがない。辻井の家の者だけのはず。

いや、しかし、お城には病中にて出仕できずと届けているからあるいは僧正様が知っていたのかもしれない。あの方は旗本衆とも付き合いが深いから。

・・・それにてもこのような下働きの寺男にまでそのような話はするであろうか。

 

シズノはいぶかしがった。




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