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小説「呪師」其の拾

さて、新右衛門はまた翌日、華蔵院に「本復した故、護摩はいらない」という使者に立った。

 

新右衛門は僧正が快諾してくれただけに護摩祈祷と断るのは気が重かったが、僧正はそれを聞くと「わかりました。」とだけ言った。

 

丁寧に礼を申し上げて座を立つにあたり新右衛門はつい、「私としましては・・・せっかく僧正様にお護摩を焚いてもらえますのに残念至極に思っております。」と本音が口に出た。

 

僧正は笑って「ま、ご当主が要らぬというものは焚くわけにはいかぬのう。」

「・・・ときに辻井様のお屋敷は手は足りておりますか。」と聞いた。

妙なことを聞くものと思ったが‥「はあ、一応は足りておりますが?」

 

「さようですか。」

「なにか?」

「いや、いや。もしかして、。御家中に手が足らぬのなら、人を紹介しようと思っておりました。足りておるなら致し方ないかな。」

 

ずいぶん妙なことを言うものだ。祈祷の相談はしても「口入れ」(人の斡旋)を頼んだ憶えはないし、手が足りぬなど言う話も全くしていない。そもそも、足りているのならば「致し方ない」という言い方が引っかかる

すると僧正は

「愚僧はここに住職する前には長らく信州の小さな寺ににおりましてな。」

 

「信州ですか。」

 

「草深い山里でござった。その折にちょっと変わった者をみつけました。」

「変わった者?ですか」

 

「御手前は吉祥庵にいるヨネという娘にあわれなかったか。」

「会いました。実はあの娘の話で僧正様のことを知ったのです。」

そうであろうとばかりに僧正は深くうなずいた。

 

「あの娘、御手前にはどう見えますかな。」

 

「変わった娘ではありますが・・・姫に獣のような物が憑いていると言ったのは実はあの娘なのです。でも、正直申しまして、私は今もってそれが気になっておるのです。」

 

「そう、あの娘は生まれつきそういう常人には見えぬものを視る目を持っているのです。」

 

「ええ、・・・ヨネとは違い、わたくしの目にはそのようなものは見えませぬが、どうも姫には憑き物がまだいるように思います。」

 

「おそらくそうでしょう。そんなに俄かに正気になること自体おかしい。

なので、実を申すとある者をお屋敷の小者としておいてはどうかと思ったのです。」

 

「おい、だれぞ、ヤモリを呼べ」

やがて一人の男が縁先の庭に現れた。背は低くすこし猫背に見えた。

顔はまだ少年のようにも見える。十八、九歳か。突っ立ったままだ。

 

ただ、やたら長く伸びただけの前髪が無造作に隠しているその眼はうつろで何かゾッとするものがあった。

 

「これはヤモリと申しましてな。ヨネと同じ目を持つ者です。

十数年前、地元の大洪水の後に見つけ出された子で、親は誰ともわかりません。

村ではきっと、河童の落とし子だなどと言うものもおりました。この者は洪水の前の記憶がないのです。」

 

なるほど口が少しとがっている。こいつの背中に亀の甲羅をつけ頭に皿を載せて青く塗ればまんま河童だなと新右衛門は心で笑った。

 

だがそれにしても・・・これはヨネとは違い、愚鈍そうな男だな。

阿呆なのではないか。とも思った。そして見た目もむさくるしいし、こんな者は屋敷にはちょっと連れては帰れないなとも思った。

 

すると男は「おら、馬鹿じゃねえ」とぼっそりと言った。

 

偶然なのだろうのか、それとも新右衛門が男をみる目を見てそう思ったのか。

新右衛門はいささか驚いた。

 

僧正は「当時から私について下働きしてくれています。ヤモリは薪を割らせればどんなにも割りまする。力も普通の男の何倍もある。便利な男です。

それで信州から伴って居る。下働きの小物としてならうって付けと思うが。」

 

「はあ、しかし、そのような眼力がこの者にあったにしましても・・・魔物を見破るだけでは、あとはどうします?

この者が果たして 姫に何かとりついている などと騒げば、勘気を被って折檻されるか、追い出されるだけでしょう。

見てもらうだけなら私はまだ、吉祥庵のヨネにでも来てもらった方がよいかと思いますが。」

 

新右衛門は内心、それを本気で考えていた。

あの吉祥庵にいたヨネはなかなか利口でもある。禅尼のウラをかくほどの娘だ。

彼女を説得して女中としてでも屋敷におけば色々わかるのではないかと。

そしてさらにヨネの眼力のことは辻井主計にも既に話したという経緯もある。

 

こんなものを連れ帰るならヨネの方が良いと新右衛門は思っていた。




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