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小説「呪師」其の三

「そもそも憑き物などと言うこと自体、ありえないでしょう。」

新右衛門はよくわからないが、先ほどの狐狸の類がそのような神通があるなら、たやすく人日は討たれまいという禅尼の言葉には、「なるほど」と少し説得力を感じていた。

「では物狂い?」

「わかりませんが、おそらく、何かしらがきっかけで心が病んでしまったのに違いないでしょう。」

「そうですか・・・こうなる前までの姫はすこぶる創建で明るいお方でしたが・・」

「このくらいの年の女性には殿方には判らぬこともいろいろあるのですよ。」禅尼は再びニコリと笑顔を作った。

「とにかくお菊様はお預かりしましょう。しばらく。」

新右衛門は深く頭を下げ主人である主計から預かってきた「こちらをご本尊様に」と金子十両を包んだものを取り出すと拝むさまをして袱紗にのせ、禅尼の前に置いた。

「これは、これは」禅尼も深く首を垂れて「では部屋の支度などしますので、三日もしたらお連れ下さい。」という。

いつの間にかもう一人のそれも禅尼よりかなり年を取ったと思われる老尼が現れ、横合いから袱紗のものを伏し拝んで一礼し持ち去った。

かくして新右衛門は吉祥庵を下がったが道々「憑き物でなし、物狂いでなし、気鬱でもない…いったいなんだろう。しかもあの禅尼はどうやってそれを治そうというのか・・・」と思案した。

それと同時に「殿方にはわからぬこと」という禅尼の言葉も思い出されて「ええ、わからぬ。ままよ」という気で帰路を急ぐのだった。

 

そうこうするうち、三日は瞬く間に過ぎた。

菊は相変わらず何もしゃべらず獣の様な食事の仕方をする、

それを注意すると目を丸くしてじっと見上げるのみである。

籠に押し込める様にして吉祥庵に送った。

伴は新右衛門と同じく家人の若侍 島田寅之助のふたりである。

田島は新右衛門より八つばかり下で二十歳になるか否かという年の若者である。去年から辻井家に仕えているが、辻井家の遠縁であった。

新右衛門は先輩ではあるが、岩間家は先々代から辻井家に仕えている。

故に新右衛門は主家の親戚である寅之助には、自ずから口の利き方も「お前」などではなく「田島殿」という呼び方をしていた。

先方はいつもただ「新右衛門殿」と親しげに呼んだ。

ふたりは菊を伴い寺に入り、いよいよ住職妙俊禅尼との顔合わせとなった。

前回同様の笑顔で妙俊は現れた。

そして座敷に入るや満面の笑みで「お菊様でございますね。ようこられました。わたくしがここ吉祥庵の住職・妙俊でございます。お暑い中、道中お疲れでしょう、」と声をかけると

菊は「禅尼様、ありがとうございます。疲れてはおりません。大丈夫でございます。辻井主計の娘、菊と申します。はじめて御目文字致します。これよりしばらくこちらのお寺様にご厄介になる由。どうぞ何分よろしくお願い申し上げます。」と指をついてスラスラと挨拶したのだった。

 

此れには新右衛門も寅之助も驚いた。

今朝までは言葉一つ出さず獣のように食事する菊が、なんとも丁寧なあいさつをしたのだ。

そして新右衛門は同時に「いや、これでは、まるでそれがしが善尼殿に嘘を言ったようではないか。」とも思った。

禅尼は菊の前に座るとこれもまた丁寧に頭を下げ「ようこそ ようこそ」と繰り返した。

そして新右衛門をチラと見た。

「この方、全くあなたのいわれるようではないが?」と目で語っている。新右衛門はそう思った。

やがて先だって訪れた折に茶を運んでくれた娘が現れ、茶と菓子を菊の前に運んできた。

禅尼が勧めると菊はそれは普通の作法通りに菓子を口に入れ茶を頂いた。少しも変なところはない。

新右衛門たちの前にもお茶が運ばれてきたが、そんなものが目に入らないくらいふたりは驚いていた。

禅尼は「では、お菊様、わたくしどもで確かにお預かり申し上げます。」とだけ言った。その後、菊を案内するように伴って禅尼は座敷を去り、そののちふたりは前回、金子を受け取りに現れた老尼が現れ、彼女に促されるように寺の門を出た。

二人は顔を見合わせた。

田島「あの豹変ぶりはどうだ。新右衛門殿。菊さまはすっかり正気にしか見えぬではないですか?」

新右衛門「いや、俺も驚いた。だが・・・しかし、それなればこそ、ますます奇怪と思わないか?田島殿」

田島「やはり菊様は気がふれられているのでしょうか。・・・それとも治ってしまわれたのか?もうわたしにはなにがなんだかわからなくなりました。」

 

 

 




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