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小説「呪師」其の二

主計は物狂いになった旗本 大沼家の長男を思い出していた。もう、十年も患っていていまだになおらない。一見普通だが突然訳の分からぬことを言うので城勤めは叶わないで三十にもなるが家で過ごしていると聞いた。

「物狂い」は文字通り精神疾患の総称だが、この場合の診断は現代で言う「統合失調症」だろうか。

鬱病などは「ふさぎの病」「ふさぎの虫」と言われこの時代からいわゆる乱心とは区別されていた、

菊はあれから段々しゃべらなくなった。今は全くしゃべらず、返事もしない。奥の部屋に押し込めてあるが、食事を出すと顎を突き出し獣の様に貪り食い、とても人は見せられたもので無かった。魚などは相変わらず手でつかんで食べた。

 

さりとて主計は山伏や陰陽師などを呼ぶのは近所にこのことが露見するのではと思い恐れた、旗本の家に憑き物では世間体にかかわると思ったのだ。

今まで大沼の家を気の毒と思う反面、半ば「名家もあれではたちゆくまいよ」と多少蔑みの心も込めてみていたことが自覚された。

大沼家は石高は辻井家よりはるかに高く、神君家康公以来の三河武士の家系だった。旗本仲間でいろいろ噂されていたので、それが自分の身にも及ぶかと思うと心はさらに重くなった。

そうこうするうち、出入りの医師の中に安藤というものがあり「憑き物」とは言わないが、環境を換えれば案外よくなることもあるというものもあって、山伏や陰陽師などよりもまずそれに一縷の望みを託すこととした。

菊の預け先として安藤医師は「わたくしが思うに世田谷の吉祥庵がよろしゅうございます。殿様。

あそこの住持は妙俊というもう五十を半ばすぎた禅尼ですが、人柄も良く、またいままでも何人ものこころにシコリを持った娘を預かって本復させたといいます。また近隣の町人の相談にもよくのってくれるということで大変評判も良いようです。」

「そうか。そんな寺があるのか。」

「ええ、私の親類がそこの檀家ですので一つ聞いてみましょうか。」

「・・・・いや、このことは成るべく公にしたくないのでな。新右衛門に行かせよう。そなたは当家の者が話があって尋ねるが良いかということだけ親類筋から寺に伝えてくれぬか。」

 

ほどなく話がなって、新右衛門が使いに立ち吉祥庵に妙俊禅尼を尋ねた。

尋ねてみるとさほどの大寺ではないが、こじんまりよく整っている。

なんでも妙俊は京都のさる公家の娘であったが仏道への志篤く、末娘であるということもあり出家を許された人だという。

風通しの良い六畳ほどの座敷で待たされていると、やがて一人の娘が現れ、丁寧にお辞儀をして茶を勧めた。娘は床の間の花などを少しなおして帰ったが終始無言であった。

ややあって、縁側の障子の陰から禅尼が現れた。五十代半ばというが、見た目は若いように見えて、笑顔でニコニコとして座に就いた。

「それがしは小川町の旗本・辻井家の家人にて岩間新右衛門と申します。実は…」と言いかけると禅尼はそれを制して「御用の向きは大体伺っています。で、お菊さまはいつからお悪いのか?」という。

さては「安藤医師がしゃべったのだな。殿様があれだけ会いたいというだけでよいというものを」とすこしく苦々しく思った

禅尼がどこまで知っているのかわからないが新右衛門は一応、いままでの顛末をはじめから述べた。

 

最初は笑顔でうなずきながら聞いていた禅尼もやがて真剣な表情を浮かべだした。

最後に新右衛門は「禅尼、わたくしが思いますに、これは狐狸などの憑き物ではないのでしょうか?あるいはもの狂いの類でしょうか?」と尋ねた。

禅尼は首を傾けて何か少し考える仕草をした。

「その・・・なおりますでしょうか?」

禅尼はそこで我に返ったように決然と

「狐狸の類が人に憑く?

岩間殿、そのようなことが本当にあるとお考えでありましょうか。

若しも狐狸にそうした通力があるなら人にたやすくは弓や鉄砲で狩られますまい?」

「ではやはり憑き物ではないと?」

禅尼はうなずいた。




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