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小説 「呪師」其の一

紅蓮寺さんが小説を載せられていたので、私も少し書いてみました。まあ、気まぐれでやめるかもしれないが第一回です

 

岩間新右衛門は旗本辻井家の家人であった。

新右衛門は今、旧六月夏の炎天下、江戸の町を当てもなく歩いてもう三刻以上にもなる。

風もなく全くの炎天。汗は拭いても吹いても噴き出し、この上はもうぬぐう気にすらならないほどであった。

彼は果たしてどこに行こうとしているのだろうか。

 

時はいまは寛政二年の夏である。

 

実は事の発端は十六歳になる辻井家の息女、「菊」が二か月ほど前、江戸府内のさるお宮参りに行って帰ったのちのことである。

夜半に台所から妙な気配がすると思って様子を見に行った下働きの女が、明日料理するため出入りの魚屋が持ってきておいた活き鯉を、なんと菊が頭からバリバリかじっていたのである。勿論鯉は生きたままであり大きく尾を振って暴れている。一尺五寸ほどの鯉だが、菊は両手で鷲掴みにしてかじっているのだ。

暫くはなにごとかと呆然としたがすぐに「お嬢様 何をされています!」と近寄って止めようとすると、手にしていた鯉を投げ捨て金切り声をあげて女中に飛びかかった。

だが、そのおり、菊は着物の裾を踏んで台所の土間へドウと倒れた。

このころの台所は多分に土間であった。その折したたか頭を打ったか、気絶してしまった。

それで勿論「医者よ 薬よ」の大騒ぎになったが、明け方に医師が来た頃はすっかり平成と変わらない様子にもどり、ただ自分のしたことは少しも憶えていないという。

 

何とも奇妙であったが、まあその時はあとの様子が普通だったので皆一応ことが済んだと思った。

だが、その後に七日ほどした朝、今度は裏庭の鶏をとらえてむしゃむしゃ口で羽を食いちぎるということが起きた。

 

その折はたまたま新右衛門が居合わせたので、すんで で鶏の首を食いちぎらんとする菊から。鶏を取り上げてやめさせたが、先日の鯉のことといい、「やはり気が変になったのか」と皆々思いだすようになった。

 

辻井家の当主。辻井主計はさすがにこれは捨て置けないと思い、あちこちの医者を秘密裏に呼んではみさせたがその時は至って正気であり、医師も「物狂い」とは思えないというのである。

そうなるとこの当時はもういわゆる狐憑きということになる。今でいう統合失調症のような症状は大体憑き物とされた時代だ。

特に田舎ではそうであった。

 

だが大都会である江戸に住まう旗本の辻井主計がそう思ういま一つの理由は、屋敷で養っている飼い犬が菊を見るや狂ったように吠え、つないでいる縄さえ千切れるのでないかと思うほどになったこともあった。菊は犬好きでどれも可愛がったが、今は犬は一様に菊を見ると有れるばかりだ、

「これは物狂いではそうはなるまい」と主計は考えた。

 

物狂いではなかなか治ったという話は聞かない。だが憑き物なら払えば去るだろう。むしろ憑き物の方が幸いだ…と主計はそう思っていた。




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