こんな話を聞いた。
ある自殺者が出てその傍に占いをしてもらったメモがあったらしい。
その内容があまり良くないのできっとそれを苦にして死んだのでは…ということで問題になっているらしい。
そうとわかれば遺族は占い師にその責任を取れというのだろうか・・・?
もしこれが罪になるというなら、占いを依頼されてももう本当のことは何も言えない。
耳障りの善い事だけを言って終るのみの験担ぎに徹するのみだ。
そんなものは占いじゃない。
占いを尋ねるにはその結果を聞く覚悟があるという前提だろう。
この話は私は遺族側に理があるとはまったく思わない。
私は今まで何でもいいも悪いもハッキリ言う方針で来ていた。
だが、この頃はこの人は言ったところで・・・という人には嘘はいわないがあえて触れずに言わないこともある。
もう来月結婚するというのに相性など見ても無駄だ。
見て悪けりゃどうするのだ。
だから占わない。
来年から大限破門殺でもいい悪いは言わず、新しい事をしたりするときはよくご注意くださいねと注意点だけを告げている。
大凶方へ行く人も「○○に注意してください」という具合で、そういう風にしか言わない人もある。
凶だ吉だでなく、それのみを言うようにしている。
まあ、注意してもほとんど無事ではないが・・・
無論祈祷を勧めたりもしない。
深い本当のひざを交えても話は占いも信頼関係あっての話だ。
故に信徒講はやはり作って正解だったと考えている。
人を見て法を説けというが昨今、占いも同じようだ。