羽田談
昔は随所に拝む人がいた。
そういう人たちは新宗教みたいにいままでにない最高の神様が下りたとか、未曽有の事まどというのはは言わなかった。
できることの限界もハッキリしている。
だから壽命のない人の苦痛を除く「はやめの祈祷」などもある。
つまりやすらかに死ぬ方法である。どんな病人でも拝めば治るなどというのありえない。
全知全能でなんできるのが神様というのは絶対神のイメージが与えた不幸な幻想だ。
勿論、私もそうした考えからは遠く離れた限界だらけの存在だ。
我々の望みごとにおいて神仏も絶対ではない。
全知全能でも絶対でもないからこそむしろ信じられる。
自分のすべきことがある。