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信じるということ

信仰について「絶対そうだと言えますか!?信じられますか」と言ってくる人。

私は「いいえ、いえませんね。」

「では何故信じているの?」という人に言う。

「絶対そうだと言えるものなどどこにもない。すべてはアバウトなものでしかない。さらに言うなら私は絶対ということに何の期待も持ってすらない。」と。

 

信じるということは疑いを伴う。

信じることにおいては疑いゼロということはない。

絶対に100パーセント信じるというのは信じるのでは無く知っているのだ。

 

そもそも人は自分すら信じ切っていない。

その自分の判断だ。どんなもんだかと自分でも思っている。

断っておくが自分ばかりか人もみんな同じと思っている。

 

世界の小さな島国に生まれ、わずかな数十年を生きる。

探し回ったとしても私の出会える物事も人も限られたわずかなものだ。

そういうアバウトな私がアバウトに信仰している。

絶対などに用はない。

それ以上のものではない。

逆に「絶対この教えこそが正しい」という人は、その言葉はまず自らの選別能力が絶対でなければ成り立たないことに気付いているのだろうか?

 

 




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