ひさしぶりに霊狐さんが来て語った。
「人の幸せを喜べるか否かでその人間の人と成りがわかるというものだ。
妬むなどと言うのは話にならぬ。
如何に学があろうとそのようなものは何も学んでいない。
かかるものは表向きはいかに成功しても孤独に沈むであろう。

だが人の幸せを喜ぶところにも罠はある。
他化自在天を観よ。他者の楽しみを楽しみとする欲界頂に住む魔王だ。
他者の楽しむを喜んでなにゆえに魔王というのか。
そこに執着するがゆえに魔王なのだ。
人を喜ばそうとすることも自分の為の執着となるなら魔に変じるは易き事。
歓喜天を魔王と言うのも同じ理屈だ。
歓びを喜ぶ天
故に歓喜天は観音の妙智にてらされてこそ護法の大善神としてはたらくのだ。
人の喜びをもって自分の喜びとする。
善きに見えて、それも過ぎれば自己満足の域を出ない愚行となる。
実に力あるものの愚行は必ず大いなる災いとなる。
故に魔王となる。
智をもって見ること大事なり。」
これは智慧の浅い私へのお叱りももちろんあるのでしょう。