人は何のために生まれてきたのか?よく問われる命題だが・・
知らないです。
でも、あえていうならそれは修行のためだと思う。
勿論とらえ方の問題だからそれはひとそれぞれだろう。
幸せになるため?
お金儲けるため?
成功して名を残すため?
だがそれはこちらが勝手に置く目的だ。生まれてきてからアタマで考えたことだ。
そして一代で終わりのはなし。死ねばそこで終わり。
財産も名声も愛する人もつれていけない。
生命自体は色々な体験をして先に進むために生まれてくると思う。
だから、そのためにこの世には問題はなくならない。
そう思うなら修行の場なのだから無くなるわけない。苦の娑婆だ。
苦の娑婆は仏より前からある。
それを修行の場にするだけのこと。
苦をなくしていくのが修行であり課題なのだが一つ消えれば一つ生れるのがこの世の悩み。
いかなる時代でも、人類でも、国家でも、個人でもそうだ。
いつか神様の時代が来てみんな幸せになる。
だといいけど・・・私はそんなことは思わない。
だったら、いつかじゃでなくても今でもいい筈だ。なんでいつかなのだ。
いつか来るのは地球のおしまいだけだろう。
そうしたら生命は他天体に移って転生する。何となくそう思う。
SFみたいだが、決して来もしない神の時代を熱望するよりはまだ確かだ。
永遠の幸せとか、神様の時代とか、輝く時代とか…言葉のイメージはステキだが具体的にはなんにもわからない。
オウム真理教・絶対の幸福とか絶対の歓喜とか言って家族ごと財産捨てて出家した人もある。
ただの観念に踊る愚かな行為だ。
絶対の幸福ってなんだ?何一つ具体的に言ってそんなものないだろう。
説明もつかぬものをイメージだけで憧れる。
そんなの意味ないと思うが・・・。
人としての救い主や仏陀の生まれ変わりなど求めてはダメだ。
自分のうちに見出さないとそんなものは皆偽物だ。